私の美味しいニコラシカ

ニコラシカ
そう男の名前を名乗った可愛い少女は目の前で愛らしく踊る。
可愛いニコラシカ
そう呟くとにっこりと笑ってこっちにキスを投げてよこした。
愛しいニコラシカ
手を広げて呼ぶと少女はこの手の中に入って擦り寄ってくる。
つぶらなニコラシカ
その青い宝石を見ているとどこまでも蕩けてしまいたいとさえ思ってしまう。
芳しいニコラシカ
香水もつけない、シャボンと女の匂いが混じったいい香りが鼻腔を満たす。
柔らかなニコラシカ
撫でた淡い色の髪は絹糸にも綿にも勝るいい手触りをした。
滑らかなニコラシカ
彼女の肌はなぞる私の指をするりと滑らせて笑うように震えた。
鮮やかなニコラシカ
口紅の色が私の指先を染める、青白い彼女にぴったりの赤い色が。
ニコラシカ、ニコラシカ、ニコラシカ
武骨な私の太い指が、ぎこちなく彼女の衣服を床に落とす。彼女のために仕立てさせたそのドレスはやけにゆっくりと床に落ち、そのまま動かなくなった。まるで屍のように、脱皮をした蛇の皮のように、忌まわしく彼女の足元にまとわりついている。あれほど輝いていたのはやはり彼女が纏っていたからだろうか。ああこれは月なのだ、太陽がなければ輝くことも出来ないただの鏡でしかないのだ。彼女こそが大事なのだ、この太陽こそが。
愚かな私は二三度頷いて、彼女の首筋に顔をうずめる。さぁまずはここに口づけを。たったひとつ、私の証をつけてあげよう。そうしたらまた一曲踊るといい。いや、一曲なんて言わない、お前の気が済むまで踊るといい。私がずっと見ていてあげよう、ずっとずっと見ていてあげよう。踊り疲れたらまた帰っておいで。薔薇の香りを敷き詰めた寝台にお前を横たえて、それかr……


「っあーー!もううんざりよ!こんなエロジジイ!くたばれっ!」

ニコラシカ、そう呼ばれていた少女は自分を包む布の全てを脱ぎ捨てて悪態をついた。あの老人に愛らしく微笑んでいた少女と同じとは到底思えないほどの物言いだ。少女、というには大人びたその女性は豊満な肢体を隠しもせず部屋の中央を堂々と歩いている。その美しさたるやパリのファッションショーに出ていてもおかしくはないほど、いやおかしいどころかその中でもひときわ輝いて見せるだろう。ふっくらと柔らかそうな頬、品よく膨らんだ胸、くびれた腰、すらりと伸びた手足、どのパーツも100点満点、文句なしの美女だ。そんな彼女が、この部屋を何でもない風に横切っていく。女はその部屋の端まで行き着くと、何も気にする様子もなく扉を開けた。その先にはボディーガードと思わしき風体の男が立ちふさがっており、女を冷たい目で見つめる。見つめていると言ってもその目は長い前髪に覆われていてうかがうことが出来ない。雰囲気でそう察しただけだ。

「何よ、遅いとでも言いたそうな目じゃない」

もっと他に言うことはないの?
頬を膨らませて文句をこぼす女を押しのけ、男は室内に入った。その男を追い越して、女が踊るように部屋の中央へ戻る。男の仕草に特に何か変わったものは見受けられない、だがそれが逆に異様であった。

「アンタ、一応ボディーガードでしょう?何か言ったら?一滴でも泣いてやったら、こいつも浮かばれるんじゃないかしら」

少女の白魚のような足が、こつんと何かを蹴った。それは石のような気軽さ、だが重量は石よりもずっと重い、そしてその価値は石とほぼ同じ。下手をすれば石よりも価値は低いかもしれない。
それは人の頭だった。
首とはまだつながっている。的確に頸動脈を切り裂かれ、そこには小さな、だが深い切り傷が残っている。そしてその死体を中心に周辺は赤が飛び散っていた。その赤を彼女も例外ではなく浴びただろう。彼女が脱ぎ捨てたレースの下着にも赤が見える。それを脱ぎ捨てた彼女の肢体にそれがないのが救いだ。

「戯言を」

男が一つ呟く。自分のジャケットを脱いで少女に投げた点、紳士的であるらしい彼は、冷静に、まずは死体の死亡確認を行った。念には念を。瞳孔と脈を確認すると、その死体を軽々と持ち上げる。男の身長は180pほど。170半ばの死体を持ち上げるのは骨が折れそうなものだが、彼が気にしたそぶりはない。そして次に何をしたか、その死体を窓から投げ捨てた。

「あら、随分あらっぽぉい」

からかうような声色で少女が言う。

「黙れ売女」

溜息と共に一つ呟いて、男は長い前髪をかき上げる。こちらをじろりと見つめる男の赤い瞳に目をつけると、女はぺろりと自分の唇を舐める。趣味の悪い赤のルージュがほんの少しだけ落ちた。

「仕事が終われば撤収だ。服を着ろ、靴を履け、鈍った体を叩き起こせ」

「あら、こんなチャンス二度とないかもしれないのに?お楽しみもなしかしら」

窓の外からざわざわと騒がしい声がした。投げ捨てた死体が見つかったのだろう。長居は無用、即時撤収、そんな言葉が男の頭によぎる。だが目の前にいる女は

「ねぇ、可愛いニコラシカ」

悪趣味な。
べっとりと男の唇に赤を移しながら女は笑った。耳に埋まったインカムを抜き取り、ぽいと捨てる。くすくす、くすくす、まるでいたずら小僧のよう。わかっているのだ。ニコラシカなんて、女にとっては偽名に決まっている。けれど、この男にとっては

「人の名前を勝手に使うな」

何度鳥肌が立ったと思っている。
不機嫌な男の不機嫌な理由を突いては、女は少女に戻るのだ。愛した男の赤ら顔なんて、女にとっては極上の、




「私の美味しいニコラシカ」
(いただかれる決心は出来たかしら)

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