深淵に咲く憎華 | ナノ
Original - n
Pyracantha

あれから一週間、不本意ながらできてしまった同居人との望まない生活にもそこそこ慣れはしてきた。
一応あの後、自己紹介をした後に家事などの役割分担や約束事の取り決めを行ったりした。
約束事とは、勿論私が同居人・ベスティエの事を誰にも話さない、気付かせない、等最初に言われた事だ。
まあこの家に人が近づくことは基本的にないので、よっぽどのことがない限りは大丈夫だろう。
この家に人が近づくことがないのは、ここが大きな森の中心部に位置していることや、人と関わる事に関しては全て外へ出向いて行っているからだというのもある。

因みに郵便物等は森に入ってすぐのところに置いた鍵付きの郵便受けに入れてもらっている。
これでもこの森は私の家の敷地であるので、街の人も解放されている一部の部分にしか来ないので問題もない。
それにこの森には野生動物が多く生息しているのでそれも一役買っているのだろう。
まあ私が罠を仕掛けているのもあるが。


「…おい」
「はい」

備蓄していた肉が無くなってしまったので朝に仕掛けた罠を確認しに行って帰ってきたところで、怪訝な表情のベスティエに声を掛けられた。
森の中を回ってきたので、もしかしたらどこかに虫がついたりでもしていたのかもしれない。

「なんだそれは」
「何、とは」
「その担いでるもの以外に何があるってんだ」
「ああ――」

担いでいる物。
それは仕掛けた罠に引っかかっていたモノ。

「野兎ですよ」
「……いや、それはわかる。わかるが……ああ、悪い。今のは忘れてくれ」

怪訝な表情から物凄く気まずそうな表情へと移り変わったと思いきや無表情になってそっぽを向いた。
この男は意外と表情に出やすいのか、それとも感情表現が豊かなのか。
ちょっとだけ普通の人らしい様子を見れた気がして、ほんの少しだけ安心感が出た気がする。
それでも怖いのは変わらないが。

「貴方は人を殺したんでしょう。生きるために」

先日、匿うのならせめて追われている理由を知りたいと言ったところ話してもらえた。

元々孤児だったベスティエは、盗みで生きてきたのもあって盗賊となった。
時には殺しもしていたらしいが、盗賊なのだからそんなものだろうと納得できる。

しかしある時殺した青年が、それなりに名の知れた貴族の跡継ぎだったのが問題だった。
青年の親が激怒し、近場から遠方までとにかく声の掛けられる騎士団全てにベスティエの捜索を依頼。
どこへ行っても沢山の騎士達に追われ続けたベスティエは次第に追い詰められ、最終的に捕まって投獄。
それから問答無用で死刑にされそうなところで脱獄、逃げに逃げて今に至る――らしい。
本当かどうかもわからないし、ざっと流れを聞かされただけなので、なんとなく経緯がわかる程度でしかない。

「だったら私の事とやかく言う筋合いはないでしょう」

しかしそんな人が明らかに食用として連れ帰ってきた野兎を担いでいるのを見て、そっぽを向くというのはちょっと、いや結構心外だ。
この世は弱肉強食、ベスティエだってそれが顕著に現れてる世界で生きてきていたはずなのに。
女だからってそんな反応をするのはおかしいし、納得がいかない。

「別に言ってもないけどな」
「口では言ってないけど、態度で言ってました」
「ケッ。っつか、敬語やめろよ、さすがに居心地悪い」
「それは、その。すみませんが無理です」
「――なら無理な理由は?」

理由を聞かれて口を開くが、何も言わず閉じる。
敬語をやめろと言われても、無理な話だ。
普段から人見知りが凄く、慣れるまでに時間もかかる為に他人を困らせてしまうことが多い私だ。
そんな私がほぼ初対面も同然のベスティエに気軽に、尚且つ気に障るような事を言わずに話しかけることができるのだろうか。
ベスティエは、理由はともかく簡単に人を殺せるような人だ。
そんな人相手に敬語で話すのは、命を守るため以外の何物でもない。
さすがに気軽には無理だ、無理過ぎる、何よりその状況を考えただけでも胃が痛くなってくる。
ああどうかお願いですので先ほどのようなやり取りで満足してください。

「ああもうわかったよ。俺の事は気にするな、マジで匿ってもらえてるだけで十分なんだ、最初に何でもするって言った通りだから、本当に気にしなくていい。不快な事言われても、煽られても、いやまあ内容によっては怒りはするが手はださねえ!本当だ!!」
「えっ、ちょ…ごめんなさい、ごめんなさい!やめてくだ――やめてお願い!」

目の前で、大の大人が土下座をしている、地面に頭をめり込ませている。
言葉が、態度が、行動が、本心でそう思っているからなのか、形だけでなのか――私にはよくわからない。
人を油断させるために土下座を簡単に行えるのかもしれないし。
ただ、意図がどうであれ、大きな男性に目の前で土下座をされるのは、なかなか堪えるものがある。

「ち、違う。怖いの」

ただやめてと懇願しても頭を上げてくれなさそうなので、素直に思っていることを話そう。
必死に頭を回転させて、感情を逆撫でしないように。

「最初の夜から、ずっと…その、ご飯は美味しいけど、生きた心地がしないのんです――しないの」

本心ではあるが、合間に褒めることも忘れずに。

「……そりゃあ、そうだな。いや、これは俺が悪い。無理を言ってすまない」

話初めに顔を上げてくれたベスティエは、話が終わる頃には既に立ち上がっていた。
髪についた土埃を払いながら、申し訳なさそうな声色で謝る。
けれども無造作に延ばされた長い長い前髪のせいで表情はわからない。

それは、彼の本心なのだろうか――?

確かにこの一週間、私がやる事の七割を進んでやってくれていたりするのでかなり助かっているのは事実。
しかも私が風呂に入る時には家の外に出てくれていたり、最初は寝床も外にある倉庫で構わないと言ってくれていた。
さすがに色々やってもらうのにそんな場所で寝られるのは申し訳ないので、リビングのラグの上に布団を敷いてそこで寝てもらっているけれども。

「私は別に、無理言われたなんて、思ってないで…ない、よ」
「…あ、待て」

少しだけの気まずさを感じつつ、正直この場から逃げたくなったので(野兎の処理をしたいのもあるが)別に大丈夫だとぎこちない笑顔を張り付けてその場から立ち去ろうとしたが、ベスティエの腕に阻まれてしまった。
簡単に言うと、野兎を、盗られた。
今日食べたいので早く処理をしたいのに、何故邪魔をしてくるのだろう。

「何です――何?」
「これの処理は俺がやる。どうせ今日の食材になるんだろうからな」
「うん」

話しながら数歩歩き出されてしまっては、もう止めようもないものだけれども。
それでも一応返事をすれば、そのまま作業場の方へ行ってしまった。
姿が見えなくなるまでぼーっと見送ったものの、この後どうしよかと悩んでしまう。
時刻は昼。
本当は今日は作業場の片付けも一緒にやってしまおうと思っていたので、これからやる事が全て奪われてしまった感がある。
別に一緒に作業場に行ってもいいのだが、複数人で作業をする用の場所でなないので邪魔になる事間違いなしだ。
かといって家事をしようにも、殆どの事はベスティエにやられてしまっている。

「どうしよう」

口に出してみるものの、やる事が降って湧いてくるでもなく。
ずっとここで立ちっぱなしでいても仕方がないので外で手を洗って家の中に戻る事にした。



――そういえば。

家の中に戻ってきてコップに注いだ水を飲んでいると、気持ちが落ち着いて冷静になったからなのかふとある事に気が付いた。
ベスティエと話をしていて気が付いたこと。

「私、普通の話し方で話すような人、もしかしていない…?」

先程の会話の事を思い出していたら、思った事。
敬語は自分を守るための話し方だったとはいえ、何故ここまで適応できないのだろうか。
思い返してみればそれは当たり前の事だったのかもしれない。

私は普段から街に行っても年上の人とばかり接するので、必然的に改まった話し方になってしまう。
その上、半引きこもり生活のために普段から普通の話し方で話をする人がいない。
こんな状況になって気付くのも可笑しい話だが、好き好んで人里離れたとはいえ、これは結構不味い状況なのかもしれない。
元々の人見知りが、話下手が、加速している可能性が高い。
それは大変宜しくない、改善しなくては。
丁度良い練習相手もいるわけだし、頑張らなくては。
失敗したら殺されてしまうかもしれないが。
でもそのくらい緊張感がないと直せないだろうし、何よりこの先の事を考えると会話慣れをしておかないといざという時にボロがでてしまうかもしれない。

「今度街に行ったら周りの人の話をもっと意識して聞いてみよう…」

自分を守るために。

何より、今を生き抜くために――

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▼ピラカンサ
傷つけないで/防衛

2017/06/01:執筆

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