深淵に咲く憎華 | ナノ
Original - n
Adiantum

とある街の側にある大きな森。
自然豊かなその森には、沢山の生き物や植物が生息していて、土壌が良いのか生い茂る木々に紛れて薬草や食用の茸などもよく見られる。
私はそんな森の奥深く、ほぼ森の中央に位置する場所に家を建て一人で自給自足生活をしている。

私は人見知りが普通の人よりも激しい。
別に会話が嫌いだとか、人間が嫌いだとか、そういう事はない。
けれどもどうにも"関わる事"が苦手で、買い物一つするだけでも一苦労だ。
原因は自分でもわからないし、正直あんまり解決しようともしていないので気にするだけ無駄ではある。

そもそもその人見知りが原因でこの場所での生活に至ったわけだが、元々こういう生活には憧れがあったので、日々楽しく生きている。
街の人も、こんな私を受け入れてくれているし、困ることは何一つない。
しいて言えば、商店のおばさんに、買い物に行く時には必ず深く被っている外套のフードを取られる事だろうか。
それくらいしか思いつかない程満足した生活を送っている。

苦労することがないわけではないけれども、ここで一人暮らしをすると決めた時点で分かっていたことではあるので、それは気にならなかった。
そもそも自給自足で生きて行こうとしている時点で結構な覚悟ができているのでは、と我ながら思ってしまう。
まあ覚悟もそうだが、好きでやっているからあまり苦を感じないのかもしれないが。


「はあ…」

街へ買い出しに行って、帰ってくる。
たったそれだけの事なのに、疲労感がどっと襲ってくる。
街と家の往復で疲れたわけでもないし、荷物は木組みのカートに乗せているので重さに苦しむというようなこともない。
なので恐らく気疲れだろう、今日はやけにおばさんに絡まれてしまった。

「なんか今日はやけにしつこかったけど、そんなに気にするほどじゃないよね」

街に行く度に「女の子が一人きりで危ないんだから気を付けろ」といつも言われるが、今日はいつも以上にしつこく言われた。
そういえば「最近物騒だから気を付けろ」とも言っていた気がするが、いつもと同じことなので殆ど聞き流してしまった。
シャワーを浴びながら思い返してみると、いつもと何か様子が違ったような気もしてくる。
話をきちんと聞いておけばよかったのかなと思いつつも、こんな生活をしている時点でそれなりの覚悟はできているわけだから大丈夫だろうと、その事に関して考える事をやめた。

「今日は疲れたしもう寝よう」

風呂上がりに髪をタオルでしっかり拭いて、そのままベッドの上に飛び乗る。
そういえば買った物の片付けがまだ完全に終わってはいなかったなと思いつつも、布団に包まれて微睡む心地よさには抗えず、そのまま深い眠りについてしまった。
窓の外の怪しい気配に気づくこともなく――――


 * * *


物陰から室内の家主の動向を窺っていた気配は、家主が眠りについたのを確認すると、家の壁に小石を軽く投げつけた。
こつんと壁にぶつかった小石は、ころころと音を立てて床の上を転がりすぐに動きを止めた。
物音を立てずに隠れる気配は、小石の音で家主の目が覚めない事を確認してから数分経った後に静かに動き始めた。
家主が不在の時に拝借した良く砥がれた肉切り包丁を手に、物音を立てないように息を潜めてゆっくりと玄関側へと回り込む。
そして鍵の"かかっていない"ドアをゆっくりと開ける。
家主は帰宅後確かに鍵をかけていたが、シャワーを浴びている際にこっそりとこじ開けていた。
勿論鍵を開ける際にある程度の音は出ていたのだが、疲れて考え事をしながらシャワーを浴びていた家主には聞こえていなかった。

気配は忍び足で家の中に入り込み、開ける時と同じように静かにドアを閉めた。
まず部屋周辺を確認し、万が一にでも自分が不利になるような状況下にならないよう武器になりそうなものはしっかり位置確認をしておく。
確認を終え、家主のいる寝室のドアに耳を当て、寝息が聞こえるか確認をする。
起きていた場合、下手したら迎撃される可能性があるので、用心は怠らない。

「すぅ……すぅ……」

ドアの向こうで安らかに眠っている家主の寝息が聞こえるのを確認するなりすぐに寝室へのドアを静かに開けて、部屋の中へ滑るように入り込む。
ベッドサイドに包丁を持った見知らぬ者が立っているというのにも関わらず、それに気付かずあどけない表情で眠る家主。
そして次の瞬間、家主の上に飛び乗り刃を首元に突き付け――

「騒いだら殺す――」


 * * *


「ぅ、ぐっ」

急に腹部に衝撃が走って驚き目を覚ますと、誰かが布団の上から馬乗りになっていた。
状況が理解できないまま身をよじろうとした瞬間、首にちくりとした痛みが走る。

「い、た――ひっ!!」

痛みと同時に横目に映ったのは、窓から差し込む月明かりに照らされて怪しく煌く見慣れた包丁だった。
動けない上に包丁を首元に突き付けられ、体の上には見知らぬ人。
助けを呼ぶにも叫んだところで誰にも聞こえないし、聞こえたとして助かる見込みは少なそうだ。
一応万が一の事にも対応ができるよう覚悟はしていたが、実際に起きてみると頭が真っ白になって恐怖で震えが止まらなくなる。

「な、なん――なんですかっ!?わっ、わ、私っ殺しても!何もないですよ!?」

強がりを見せるも、恐怖で口がうまく回らない。
私の上に載っている人は、恐らく男性だろうが、前も後ろも物凄く髪が長いので顔がよく見えない。
少なくとも街の人ではないはず。

「死にたくなければ俺を匿え」
「えっ…匿えって…」
「そのままの意味だ。俺をこの家で匿え」
「は――」

強盗か強姦か殺人か、そのあたりかと思っていたら全く予想だにもしていない言葉が出てきて思わず聞き直してしまった。
匿うとは、どういう事か。
つまり――

「俺をここに住まわせろ。勿論俺の存在は誰にも言うな、気付かせるな」
「こ、断ったら…?」
「殺す。殺しても気付かれないだろうしな」
「…………」

共に住むか、一人無残に殺されるか。
死ぬのも嫌だが、一緒に生活も嫌だ。
そもそもそんな事を言っている奴と共に生活をし始めたら、絶対に死ぬまで開放されなさそうだ。
それに何かちょっとでも怪しいと思われる行動をとったらそれだけで殺されるのでは。

「さっさと決めろ、面倒になったら口封じに殺すぞ」
「や、やだ…死にたくなぃ、い……」
「なら黙って俺を匿うんだな」
「う、うっ…わかっわかりまし、た……」

恐怖で涙が止まらない。
なんでこんな事になってしまったのだろうか。
これから、私は無事に次の日を迎えることができるのだろうか。
とにかく不安で不安で仕方がない。

「じゃあもう寝ろ。俺は念のためここで寝るからな」
「え、っと…」

そう言って男は私の上から降りたので、上半身を起こした。
男は空きっぱなしになっていたドアを閉めてそこに背を預けて座り込んだ。
勿論包丁はすぐ手に取れるように、すぐ横に置かれている。

「黙って寝ろ。――ああ、窓から逃げようとしても無駄だからな、俺は音に敏感だからな、すぐ気づくぞ」
「は、はい…あ、の…その……おや、すみ…なさい…」
「おう」

パニック状態のまま男の方を見ていたら寝ろと言われてしまったので、声が上ずったまま答えて慌てて横になりはしたが、さすがにこんな状況で眠れるはずがない。
しかし眠るまでずっとこちらを見ているつもりなのか、突き刺さるような視線を感じる。
監視のつもりなのだろうか、そんなに見られたら余計に眠れるわけがないだろうに。
視線に耐え切れずに、壁側に寝返りをうって男に背を向けた。

少しだけ落ち着いてはきはしたものの、恐怖と怪我で心臓と胃と首が痛いし、息も苦しい。
涙も止まらない。

「……っ…、…」

あの男の人は何者で、何が目的なんだろう。
これから私はどうなってしまうんだろう。
匿えという事はもっと何か別の事にも巻き込まれてしまうのではないのだろうか。
そうなった場合、私は生きていられるのだろうか。
考えれば考える程不安になるようなことしか思い浮かんでこない。

布団に顔を押し付けて声を押し殺し、ひたすらに泣いて泣いて。
涙が枯れ果ててしまうのではないかと思うくらいに泣いた。
相変わらず視線が刺さるので、本当に私が眠るまで見張るつもりだろう。

それから暫くして、私は泣きつかれて眠ってしまっていた。


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▼アジアンタム
日陰者/繊細

2016/02/25:執筆

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