過ぎゆく時に埋めた想い
2022.07
[前書き]
ボルト世代の大人サスナルです。
時間軸は、ナルトが七代目火影になってから五影会談が行われる前あたり。
里外に出てたサスケが久々に里に戻って来たという設定で。
結婚してもお互いを忘れられないサスナルで、特にサスケが未練を引きずってます。
ラストが切ないです。
どこか気怠いような陽射しが、石畳の地面へとその影を長く伸ばしていた。
五影会談を間近に控え、どこか常よりも里中が沸き立っているかのような、活気溢れる喧騒。
しかし一歩路地裏へと入り込めば、未だ陽の当たらないその場所から人々の気配は幾分か遠ざかる。
その場に漂うのは、甘く熟れた気配。
それに触発されるように、甘いねっとりとした吐息が耳朶の裏側を滑って、背筋にもたらされたどこか痺れるような感覚に、壁へと押しつけられていたナルトは肩を揺らして、頭上へと伸び上がった。
「……よせ…ってば……」
相手に握り取られていた左の掌に、異様な熱が籠って思わずぎくりとする。
求めているのがどちらか、という事を曖昧にするように。
誘惑的で、圧倒的な熱量。
密着した布越しに触れる固い筋肉の感触が、形のない檻のようだった。
何とかそこから逃げ出そうとして、果たせなく。
こんな時、自分が本当はサスケから離れたくなどないと思い知らされる気がして、ナルトの胸がチクリと痛んだ。
(…………ズルいってばよ)
火影となって里を護る。
その事と引き換えに、この男への積年の想いを手放した事に、後悔が微塵もないとは言い切れなくて。
男との接触を平然として受け流せる日は、きっと永遠に来ないだろうとナルトは思う。
それでも自分が結婚し子を育む親となった以上、かつての想いを引き摺ったような行為を簡単に受け入れられる程、お気楽な立場でもない。
なのに有無をいわさず溺れさせられる、その現実の、何と痛いことか。
「……ナルト………」
とろりとした甘さを含んだ声が、耳元でさざめく。
熱の上がりそうな目眩。
そんな些細なものにすら反応してしまう己を半ば呪うように唇を噛んだ彼に、サスケは軽く肩を竦め、それを宥めるよう指先で赤く染まった唇を、つ……と撫でた。
同時に、汗の入り交じった体臭が、嗅ぎ慣れた薫りと共に身内をじわじわと痺れさせるかのようで。
これ以上はーーー危険な兆候だった。
何時、人が来るかも分からないのに。
ナルトは小さく頭を振り、それから些か身勝手に振る舞う男の名を、咎めるように呼んだ。
「サス、ケ」
「………あ?」
「……これ以上は………ダメだってばよ」
気を抜けば際限なく流されてしまいそうな自分に抗うように、ナルトは傍にあった腕を押し退けた。
そうすると、ちょうど彼の手の長さの分だけ、二人の間に確かな隙間が出来る。
触れそうで触れない微妙な差。
行為を許しながらも、拒絶しようとする。
その曖昧な距離感に、目前の男はナルトを覗き込むと、不機嫌そうにその瞳を眇めた。
鋭く刺さる視線は、何がダメなんだ、と彼に問い掛けているようだった。
「………こんな場所でやるコトじゃねーだろ」
「………今更、人目を気にするのか?」
揶揄するような声には応えす、ナルトはただこくりと頷いた。
ここで何か反論をしたとしても、全て言い訳がましいと思ってしまう。
胸の奥底に植え付けられた、男の腕(かいな)を求めてしまう気持ちがあるのを知っているから。
それでも、自分達の関係が白日のもとに晒されなど、彼の許容範囲を越える事態だった。
たまたま今は人通りが途絶えているからいいが、本来ならば外である限り、完璧に人目を遮断する事なんて出来ない。
里民のみならず、アカデミー帰りの子供達だって通りかかるかもしれない。
ナルトはもう一度、今度はやや先程より語気を強めて、ダメだ、とサスケを押しやった。
しかしいくら本気で抵抗しようとも、男の方がその気になってくれなければ、ナルトにサスケを拒絶するだけの力はない。
だが逆に言えば、こうして彼の動作に合わせて引き下がってくれるという時は、決してサスケに無理強いする気はない……という意味の現れでもあった。
意外と大人しく離してくれた相手に、それ程本気ではなかった事を知って、ナルトは内心で深く安堵した。
一応、言葉通りに一旦は離しはしたものの、片腕でまだ彼の身体を壁に囲ったまま、剣呑な空気を醸し出す男を後目に、ナルトはやや皺が寄った羽織を手早く直した。
いつしか、持ち主に無断で勝手に寛げられかけていた襟元も、しっかり合わせる。
それに伴い、それまでのやや乱れ掛かっていた気配が嘘のように、きっちりと元通りの、木ノ葉の里長、七代目火影の姿がサスケの前に現れたのだった。
ただ、未だその頬に薄紅が散っているのが、唯一常と違う点ではあったが。
ただ、それすらも打ち消してしまう程に、眉間の辺りを中心として気難しげな皺が刻まれている。
「……誰か来たらどーすんだってばよ」
「誰かに見られたって、オレはかまわねェ」
「バカ言うな。オレはそんな危険なカケに付き合う気はねェぞ」
分かってはいた事だが、やはりこういう濃密すぎる接触は、今の彼には、易々と受け入れられない類いのものらしい。
それは思うままには行動できない、立場を重んじる人間らしい慎重さだった。
そうやって、『火影たる者』という立場を忠実に護っているのだ、彼は。
誰にも縛られず、何からも自由だった昔のナルトとは、決して重ならない。
そんな姿は見たくもないのに、
こうして現実を突き付けられる。
歴代の影達なんて、所詮我欲と権力闘争だけで国を築いてきた、俗物な存在でしかないのに。
ましてナルトが縛られている『火影たる者』というルールだって、大昔にどこかの誰かが偉そうに造り上げた、脆いものでしかない。
だが、彼にとってはそれこそが、最重要、最優先事項なのだ。
だから、どんなにそのことにサスケが焦れているのかなんて、きっと気付いていないのだろう。
かつて、お互いに深く惹かれあっていた。
何よりも大切だった。
誰よりも愛していた。
だがナルトが六代目火影の後継者と言われるようになった頃から、その想いのままに生きていける程、二人の周囲が単純なものではなくなってしまった。
次代火影に対する周囲の考え方は保守的で、想像以上にシビアなものだった。
無視できぬ、様々なしがらみ。
火影たる者に課せられる、モラルとルール。
それらにがんじ絡めに縛られて、二人が別々の未来を歩む事を最終的に選択したのは、ナルトの方だった。
彼は結婚し、七代目火影となった。
程なく自分も家庭を持った。
それがナルトの望んだ道ならばと、抑え切れぬ感情に無理やり封をして。
ーーーー恋を諦めた。
決してそれは簡単な事ではなかったけれど。
ナルトを愛おしいと思う気持ちも、別れを辛いと思う気持ちも、記憶の奥底へと深く沈めて。
その面影を思い出す事を、やめた。
それからは、永らく里外を渡り歩き、己に課せられた使命を果たしながら、彼とは違う未来を歩んでいった。
そうして流れゆく月日の中で、徐々に過去は過去として、思い出は思い出として、気持ちに区切りをつけた。
そのつもり、だった。
それがーーー結局は。
(このザマかよ………)
押し退けられて一旦は離したものの、片腕でまだナルトの身体を壁に囲ったまま、吐息がすぐにも触れ合いそうなほど間近にある体温に、心臓の鼓動がどんどん速くなっていくのが分かる。
思い知る。
諦めたつもりでいた。けれど、諦め切れていなかった。
ナルトが、ここにいる。
自分の目の前に、いる。
たったそれだけで。
ひとたび意識がナルトへと傾けば、後は笑えるぐらいに簡単に想いは再燃してしまうのだ。
けれど、ナルトはーーーー
彼の想いはどうなのだろうか。
触れそうな程に近く、その温もりを感じているというのに。
触れ合った肌は過敏に反応しているというのに。
見透かせない、胸の内。
こんなにも傍にいるのに、取り戻せない想いがどうしようもなく苦しい。
最早どんなことをしても、二人の距離は埋まらないのか。
「……………ッ」
切羽詰まった感情を落ち着かせるよう、深く息を吐く。
澱む、苦い沈黙。
張り詰めた気配。
ーーーー刹那、遠くから次第に自分たちに近付きつつある甲高い、子供特有の声に、二人はぴくりと肩を揺らした。
薄暗い路地裏の出口に面した大通りから、楽しげに弾む話し声が響いてくる。
ちょうどアカデミーの下校時間なのだろう、ぱたぱたと元気よく駆け去っていく足音。
陽の当たる場所で、平和なこの里で、火影に見護られながら日々成長しているだろう大勢の子供達のーーーー。
はっと息を呑んで、ナルトが身動いだ。
無意識に距離を取ろうとする身体に、それすら許せなくてサスケが強く腕を掴む。
「ナルト……ッ」
「サスケ……………ゴメン」
「…………何が」
覗き込んだ蒼い双眸には、まるで何かを諦らめてしまったような、そんな翳りが滲んでいた。
悲哀の色。
サスケはかけるべき言葉を失う。
ナルトは困ったように薄く唇を歪めた。
それはらしくなく、気弱ともとれる表情だった。
「分かるだろ。オレは………火影だ」
それでも声は冷静で、容赦がなかった。
心臓が嫌な音を立てて脈打つ。
苦しいぐらいの切迫感。
ナルトが何を諦めたのかが、分かってしまう。
知りたくないのに、理解してしまう。
今更どうにもならないのは、自分が一番よく知っている。
ただ、それでも自分には必要なものだったのだ。
「もう、行くってばよ………ホントに………ゴメン」
彼を引き止めたいのに、喉を締められたように声が出せない。
いつかの、あの別れの日のように、遠ざかる背中。
「……………ッ」
目の前で、歴代里長の象徴である羽織に染抜かれた七代目火影の文字が翻る。
ああーーーー
もうナルトは帰ってこない。
彼は行ってしまうのだ。
本来、己が在るべき場所へと。
自分の手の届かない場所に、帰っていってしまうのだ。
火影として。
「……………、ッ、」
それでも、ナルトを手に入れたい。
自分だけのものにしたい。
身体の奥底から込み上げる、抑えがたい衝動。
未練がましく伸ばそうとした腕を、けれど無理やり抑えつけて、溢れそうな自分の感情を圧し殺す。
そうして、目映い陽射しの中へと去っていく背中を、薄暗い路にただ茫然と佇み姿が見えなくなるまで見詰めていた。
「オレは……………」
たった一つ、望んだのは互いが傍にいる事だった。
いつもそれだけだった。頭にあったのは。
二人の間ですれ違った時間と感情は、決して、元には戻ってくれなかった。
恋に落ちた時、こんな未来を最初から想定していた訳では決してなかった。
だが、気付いたら、二人の未来は閉ざされていた。
本当は誰よりも、傍にいたかった。
お前を、お前だけを、手に入れたかった。
望んだのは、ただ、それだけだった。
いつでも、それだけ……………だった。
《終わり》
[後書き]
原作でナルトもサスケも結婚しちゃったので、サスナル推しの波多野としては、結婚してても本当はまだ好きなんだ!と言う話を書こうと思い……でも、ナルトは火影の道を捨てられず、サスケに流されたいけど、流されない……という微妙な感じにしました。揺れる心情を書きたかったの。
ナルトが連れない風に見えるけど、本当の本当はサスケに応えたいんだよ!
サスケはそれでもナルトが好きなんだー!
……という気持ちを込めました。
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