僕ときみのお家騒動のこと T


沢田奈都菜が並中に入学してから初の冬休み直前、早朝から常と変わらず応接室で風紀委員会の書類仕事をしていた恭弥の許に、奈都菜が飛び込んできたのに、さしもの彼も動揺を隠せなかった。彼女が半泣きになりながらの訪問というのは、思い返してみても今日が初めてだったからだ。

「ちょっと、何があったのさ?」

抱き締めた腕のなかで鼻を鳴らす、今まで否が応にも死線を潜り抜けさせられてきたこの子供を、今更脅かすものは殆ど存在し得ないことを恭弥は正しく理解している。恭弥を凌ぐことこそないが奈都菜は強いし、何より彼女を傷つける恐れがあるものを、並盛から徹底して排除したのは彼だ。前世より早く並盛の《秩序》の地位を奪い、前世の記憶を用いて世界に手を回し伝をつくり、既に風紀財団を立ち上げたのもその為だ。
まさか、と過る懸念に眉を顰めると、奈都菜ががばっと顔を上げた。つり上がった眉、滲んだ涙がどちらかというと怒りによるものだということに気づく。

「お、親父から、手紙が来て…」震える右手に握られていたくしゃくしゃの封筒を、そっと開く。
「イタリアに来いって!!」

赤く色づいた目頭からぽろ、一粒溢れる涙。久し振りの激昂に興奮しているらしい様子の彼女を抱き上げてからソファに腰を沈め、落ち着くようにとその背中を撫でてやる。内心、恭弥も腸が煮え繰り返っているのだが、それを悟らせないよう全身全霊で撫でる手を柔らかくして。
この小さな子供はずっと前から己のものだ。ボンゴレから離れた今、泣かせるのも傷つけるのもその愛を享受するのも恭弥にしか許されないし、許すつもりはないというのに、あの浅蜊貝、ひいてはあの男ときたら。封筒を開き、なかの便箋を読めば、想像と寸分違わぬ迷惑な話で、眉間の皺が更に深まるのを自覚した。

「…殺してやろうか。」

沢田家光、と署名された一枚の紙に書かれていたのは、奈都菜に渡伊を勧めるものだった。要約すれば「可愛い可愛い娘がボンゴレを知っているような裏の人間を恋人にしていると聞いて心配だが立場上そちらに駆け付けてやれない、なのでいっそこれからの為にイタリアへ来なさい」。これからの為に、ということは、ボンゴレは彼女までもを巻き込むつもりということになる。可愛い可愛い娘なら一般人として生かしてやるのが愛情ではないのか。

「たぶん、リボーンから流れたと思うんですけど。」

ぽつり、静かな呟きが落ちた。聞けば数日前、あのアルコバレーノにやたら謝られたうえ、至れり尽くせりだったという。超直感も何も言わなかったので甘んじて受けたらしい。
間違いなくこれに対してだろう、と恭弥は溜め息を吐いた。赤ん坊が、前世と同じく己を引き込もうとしているのは分かっている。分かっているからこそ安心していたのに。恭弥が至高とする奈都菜を、よもや恭弥の意に染まぬ方向へやることはないだろうと。

「今日、きみの家にお邪魔するから。あと、最悪は僕もイタリアに同行する。いいね?」
「はい。…迷惑かけて、ごめんなさい。」
「きみが謝ることじゃない。」

睫毛を震わせる目尻に慰めのキスをひとつ。すると途端に真っ赤になる円やかな頬が可愛くて愛しくて、取り敢えず放課後まで腕のなかに閉じ込めてしまうことにした。

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