かぜっぴきのヒーロー
こほこほ、こほこほ。暗闇のなかひとりきりでリィンは咳を溢している。さみしい、くるしい、あつい。
そんな中、音もなく光が差し込んでくる。朦朧としたままふっと瞼を開けると、ドア口から光が差し込んでいた。床に広がる光の中には見馴れたシルエット。掠れた声でリィンは名前を呼んだ。
「くろ……おにいちゃ……」
「わりぃ、起こしたか?」
「おに……ちゃ……」
「あーあー起きんな起きんな、ちょっと見に来ただけだから」
「え……」
だるいからだを起こそうとしたらドア口から制される。ちょっと見に来ただけ、と言うことはクロウも居なくなってしまうのだろうか。また暗やみにひとりぼっちになってしまうのだろうか。いやだ、もうひとりはやだ。さみしい。
リィンの大きな瞳からぼろっと大粒の涙がこぼれだしてクロウはぎょっとした。な、な、なんだ!?どうした!?とドアを掴んだまま激しく動揺した。
「うー……みんな、いっちゃうぅぅ……」
「へ、!?」
「ひとりぼっち、さみしいよぉ……うえぇぇん」
「あー泣くな泣くな」
「ううっ……うぇっ、えー……っひく、ふ、ふぇえ……」
「リィン……」
「くろ、にーちゃ、いっちゃ、っく、やぁ……ぅっ、ふえぇ……」
しゃくりあげながらいっちゃやだと泣くリィンをクロウが無下に出来るはずもなく、移るから入ってはいけないとルシアに言い含められたのを破って部屋に踏みいった。
小さな手で真っ赤になるまで目元を擦っているその手をそっと止めると、泣き腫らしたリィンと目があった。
「ここにいるから、もう泣くな。な?」
「うっ、く……っう、うう……っ」
こくこくと頷きながら懸命に泣くのを堪えようとしているリィンは、ぎゅっとパジャマのズボンを握った。泣き出すと止まらなくなるからか、苦しそうにしゃくりあげるのをなんとか止めようとする。
「まだ熱いな……ほら、どこもいかないから横になれって」
「うん……」
コツンとおでこをくっつけてクロウが言うと、ようやく落ち着いたリィンが頷いた。もぞもぞとベッドに潜り込んで、小さな手のひらでクロウの服の袖を掴む。
「……いかねぇって」
「うん……」
不安そうに袖を掴んだまま見上げてくるリィンに、苦笑いをこぼしてクロウは頭を撫でた。頭痛がしてるかもしれないから、ふわふわといつもより柔く。
やわらかな髪は汗で少し湿っていて、顔に貼り付いた髪の毛を退かしてやった。
「くろうにいちゃ……」
きゅっと掴んだ手の力が弛む。撫でている間に安心したのか、うとうとと瞬きを繰り返していた。泣いたせいで疲れたのもあるんだろう。
「眠いなら寝ちまいな。寝るまでいるから」
「……や」
「リィン?」
「……ねたら、おにーちゃ、かえっちゃう……」
「……あー」
「ねない、もん……」
もう今にも閉じそうなまぶたでリィンは言う。ああもう、とクロウは頭を掻く。前述の通りクロウはリィンを無下には出来ない。この上なく甘いのだ。
「……ったく、しゃーねーなぁ」
「おに、ちゃ……?」
「ほら、リィンそっち詰めて」
「……?」
不思議そうなリィンを壁側に押しやってベッドに滑り込む。小さくてやわらかい手のひらをきゅっと握ってニッと笑って見せた。
「朝までいっしょにいるから、寝ていーよ」
「ふぇ……?」
「手つないでたら、朝までずっといっしょだろ?」
「うん……!」
安心したようにリィンがにこぉっと笑って、それからでも、と急に不安そうになる。なんだろうと言葉を待ってると、おにいちゃんはへーきなの?とリィンが聞いた。
「エリゼはおかぜうつっちゃうからだめっておかあしゃがいってたの、くろうおにいちゃんはへーき?」
しょぼん、と横に書かれそうなくらいの顔でリィンが言う。
正直言えばへーきではないし、本当は部屋に入るのもダメだと言われていた。だからって今更ダメだなんて言えるわけもなく、クロウは頭をフル回転させた。
「ま、まぁ、オレはリィンよりもエリゼよりもおとなだからな!」
「……そっかぁ!」
おにいちゃんすごぉい!とリィンが拍手までしてきて、引くに引けなくなる。
後で絶対に怒られるだろうな、と顔がひきつったけれど、リィンが気付いていないからよしとしよう。
「くろうおにいちゃ……かっこいい……」
むにゃむにゃと半分寝たような声でリィンが言って、ぎゅっとつないだ手に力を込めた。ふにゃり、と寝そうな状態のままわらったリィンが嬉しそうにする。
「くろうおにいちゃん、だいすきぃ……」
そしてすやすやと眠りに落ちたリィンに、クロウは笑みをこぼす。ふわふわの前髪をよけて汗をかいた額に軽く唇を触れさせた。
いつもルシアが自分達にやるように、慈しみをこめて。
「おやすみリィン、いいゆめを」
そして翌朝、見事に風邪をもらったクロウは自身の部屋に隔離されるのであった。
かぜっぴきのヒーロー