いつまでだって一緒だろ?
クロウに手を引かれて夜の静まり返った教会に忍び込む。シスターも教区長もすっかり寝静まっている夜半で、教会の中は恐ろしく静かだ。明かりの消えた室内で月の光に照らされたステンドグラスだけが神々しく輝いている。
「クロウ、どうしたんだよ一体」
「いいからいいから」
躊躇って歩みの遅いリィンをぐいぐいと引っ張って奥へと進む。祭壇の前まで来たところで漸く手を離した。
「なぁ、そろそろなんなのか―うぷっ」
向き直ったクロウに聞こうとしたところで目の前が真っ白になる。クロウが片手に抱えてたシーツだと気付いたのは一拍後だった。
「なに…」
「お前、もう覚えてねぇ?」
顔の部分だけシーツをあげられて怪訝な顔をしたリィンにクロウが楽しそうに言う。
被ったシーツの顔の部分だけあげられて、頭から落ちないよう首の辺りでしっかりとクロウが掴んでいる。
ふと、頭に過った。この光景には見覚えがある。
『リィンもおかぁしゃのおてつだいします!』
『あっこらリィン!お前そんなおもいの持ったらころぶ…あーあ』
『ふえっ…ううう』
『あーほらほらなくな、大丈夫か?』
『おにいちゃああぁ…』
『あーあ顔泥んこにしちまって。怪我してないかー?』
『ない…でもおせんたくものどろんこにしちゃ…っふぇ』
『まー平気だってそれは、それよかほら、リィン』
『?』
『こーしてっと花嫁さんみたいだぞ』
『はなよめさん?』
『オレ、クロウ・アームブラストはリィン・シュバルツァーをしょうがい幸せにすることをちかいます、なんてな』
『それちかうとどうなるの?』
『んー?ずっと一緒にいるやくそくみたいなもんだな』
『ずっといっしょ?』
『おう』
『じゃあリィンもちかう!おにいちゃとずっといっしょがいい!』
『そっか、じゃあちかいのキスだ』
『ん?んー』
『ちゅっ』
「あああ!」
「思い出したみてーだな」
思い出した。あの後転んだことも悲しかったことも忘れて泥だらけになったシーツの上から花冠かぶって結婚しまーす!って言いに行ったことまでも。
それどころか親の前でもご丁寧に誓いのキスまでしてみせた気がする。母は和やかに微笑んでいたが父は紅茶を吹き出していた。
「恥ずかしい…穴があったら入りたい…」
「んだよ、子供のおちゃめじゃねーか」
「あの頃は何も知らなかったから!」
そう、何も知らなかったからこそ純粋な気持ちで好きでいられた。欲望とか羨望とか嫉妬とかそう言うものがまるでないただひたすらな想い。
「…でも、子供の頃からそう言ってたから」
「え?」
「今こうして一緒にいられるんだとは思わねーか」
「クロウ…」
クロウが優しくやさしく微笑む。リィンにしか見せないような柔らかい笑顔で。
「願えば叶う、なんてな」
「クロウ…」
ウィンクをしたクロウにリィンが笑うと、リィンの両手をそっと取って祭壇の前で向かい合う。
「オレ、クロウ・アームブラストはリィン・シュバルツァーを生涯幸せにすることを誓います」
「…俺、リィン・シュバルツァーもクロウ・アームブラストを生涯幸せにすることを誓います」
「じゃあ、誓いのキスだ」
いつかと同じような台詞でクロウの顔が段々と近付いてくる。ゆっくりと瞼を下ろすと同時に二人のくちびるが重なって、二人きりの誓いの儀式はゆっくりと終わるのだった。
「これでいつまでだって一緒だろ?」
「もちろん」
「「死が二人を別つまで」」
声を合わせてそう言ったあと、微笑んでもう一度キスをした。