「あ、七緒ちゃん。これ、綺麗な色だよ。きっと似合う」
 春水が嬉しそうに紅を掲げて七緒を呼ぶ。
「……口紅は、肌に合うものと合わないものがあるのですから、色だけで決めないで下さい」
「うーん、それもそうだねぇ…。ボクの可愛い七緒ちゃんの唇が荒れちゃったら大変!」
 呆れながらも指摘すると、春水は唸り深刻な表情で頷いた。
「誰が、ボクのですか」
「七緒ちゃん」
 人前だろうと構うことなく言い寄る姿は、ある意味微笑ましくも見える。七緒が突っぱねているから尚更だ。
「…照れなくてもいいじゃない?ここは旅先なんだしさ」
「……そういう問題じゃありません」
 肩に手を回し耳元で囁くと、七緒はぴくりと肩を動かし頬を染め顔を背けた。だが、肩に置かれた手を叩いたり避けたりしようとはしない。
「んー…七緒ちゃんの唇にはどのメーカーが合うのかなぁ?」
 春水は七緒の肩越しに再び並ぶ口紅を見つめた。

「………これ、かな?」
 春水が指さし、摘まんで持ち上げる。匂いを嗅ぎ香料など確認や表面を確認すると大丈夫そうだと頷いた。男のくせになんでそんな見方までするのだろうと、七緒は呆れた表情だ。
「これ、ですか?」
 眉間に軽く皺を寄せ春水から受け取る。
「……少し、暗くないですか?」
「ん?でも七緒ちゃんの唇に乗せればそうでもないと思うんだけれどな」
 こういうことに関しては春水の感覚は確かなものなので、七緒は反論しようがない。派手な色ではないので首を傾げながらも頷いた。
「そう、おっしゃるなら…」
「あ、そうだ、何ならその口紅にあう浴衣を、後で買おうか」
「そんな無駄遣いなさらないでください!」
「えー?無駄遣いじゃないよ?七緒ちゃんを可愛くしてあげたいもん」

 二人の口調ややり取りに、店内に居る客や店員の頭の中では援助交際の文字が躍っている。
 何せ今の二人の服からして、そう見えてしまうのだ。
 七緒は花柄のチュニックにひざ丈のスパッツで、春水は白いシャツの前を開けて派手な柄の薄手のベストを着て黒いチノパンを穿いている。
 七緒が清楚で真面目なイメージなら、春水は遊び人の大男である。その上、かなりの年齢差があるようにも見えるが、口調から父と娘ではなさそうだと思えるのだ。

 そう、二人は今現世に来ていた。

 夏休みと称して観光に来ている。死神として来ている訳ではないので、義骸に入っているから当然のことながら普通に人に見えている。
 もう少しまともな格好をすればよいものの、現世の服でも結局は遊び人風な服を選ぶので結果として七緒と吊り合わなくなる。

「……はあ」
 七緒はちらりと春水の格好を見て溜息を吐いた。
 無駄遣いをするなとは言ったが、浴衣の方が春水にはまともに見えるのではないだろうかと思えてきたからだ。
「…仕方がないですね…。隊…春水さんも浴衣を買ってください」
「ん?七緒ちゃんがそう言うなら。まあ、ボクも浴衣の方が気楽だしねぇ」
 春水は七緒の手から口紅を取り上げると、会計へと向かった。
「あ、ここ小物もあるんだ。簪も可愛いなぁ」
 レジへと向かう途中に目に止まった小物に目を奪われる。
「確かに可愛いですけれど…」

 二人が入った店は、和物を扱っているお店で、春水が手にしている口紅も可愛らしい縮緬の小物入れに納まっているものなのだ。
 瀞霊廷にも似たような店はあるのだが、やはり現世と瀞霊廷ではセンスが違う。その違いが楽しくてふらりと店に入ったのである。
「ふむ…じゃあこの口紅に合いそうな簪も買っちゃおう」
「ちょっ…」
「たまにはこういう選び方も楽しいよね」
「……全くもう…」
「あ、そうだ。七緒ちゃんはボクのを選んでよ、簪」
「はあ?あれ以上に酔狂なものを付けるおつもりですか!?」
 風車の簪を二つも付けているだけでも酔狂だと思うのに、更に違うものまで選べというのかと目を丸くする。
「そこまで言わなくってもいいじゃない?あれは遊び心だよ、遊び心」
「……では、更木隊長のように鈴でもお付けになってはいかがですか?」
「え〜。でも、あんな髪型できないよ?髪質全然ちがうもん」
「誰が、あんな髪型にしろと言いましたか!音の鳴る簪のことを言ってるんです!」


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