1/484848hitリク!「唇」


「ん?」
 軽く春水の手の甲に当たったものがあった。
「おや、七緒ちゃん」
「京楽隊長!も、申し訳ありません」
 大きな本を抱えたまま、春水にぶつかった拍子にずれてしまった眼鏡を持ち上げ直す。

「……七緒ちゃんっ!」
 まじまじと小さな隊員を見つめていた春水が、膝をついた。
「は、はいっ、なんでしょうか?」
 春水は隊長である。どんなに小さな隊員の前でも膝をつくといったことをしたことがなかった。その彼が七緒に視線をあわせるかのように片方の膝をついている。
 視線が近くになり七緒は頬を染めた。

「女の子がこんなに唇を荒したらダメじゃないか!」
 真剣な眼差しで、真剣な声色で何を言いだすのだろうと、七緒は目を丸くした。
「え?あ、あの…」
「こんなにがさがさにしちゃって。ほら、これを唇に塗って」
 春水が懐から小さな入れ物を取り出すと、中には白い軟膏が入っていた。使いかけのように中身が減っているが春水は躊躇うこともなく指につけて、七緒の小さな唇に薬を乗せ指でなじませるように広げた。
「ん〜って、やって」
「ん〜」
 春水が自分の唇を合わせて実践して見せると、七緒も真似て唇を合わせ薬をなじませた。
「最初のうちはべとべとして慣れないかもしれないけれど、ちゃんと薬を塗るんだよ」
「……はあ…」
「あ、こういうの持ってない?」
「はい」
 仕事に関係ないことだし、七緒はまだ子供故に肌に関しては無頓着だった。普通に顔を洗うくらいだ。
「おいで」
「あ、はい」
 春水が立ち上がり七緒を促した。

 どこに行くのだろうと戸惑いながらも、大きな背中を見上げて小走りについて行く。春水はゆっくり歩いているのだが、それでも歩幅が圧倒的に違うからだ。

 薬局に入ると春水は店員へと真っ先に話しかけた。
「子供向けの、軟膏はないかな?うちの子の唇荒れちゃってさ」
「は?うちの子?」
 店員は春水を見上げ目を丸くした。そして、後ろに畏まっている七緒を見て納得した。春水流に「八番隊の隊員」を親しみを込めて言っているのだろうと思ったのだ。
「あ、はい。ございます。よく子供向けがあるってお気づきになりましたね」
「だって、男向けと女向けと塗り薬って処方が違うだろう?だから、子供向けがあるかなぁって思ってさ」
 春水の言い分に店員は深く頷いた。
「誠にその通りでございます。男性と女性では肌質が違いますし、子供では更に違いますからね。ちょっと診せていただけますか?」
 店員は七緒の視線に合わせるようにしゃがみこみ、ちょっとだけ顎を持ち上げた。
「おや、大変だ。少し切れてしまってますね。ただいまお持ちします」
「あ、ありがとうございます」
 奥へ引っ込んだかと思うと、直ぐにでてきて小さな容器を手渡した。
「夜寝る前や、朝起きて顔を洗ってから付けてください。あとは外へ出る時など。まだ子供ですからね、そんなに頻繁につけなくても大丈夫でしょう」
「そういや、さっきボクの付けてあげちゃったけど、大丈夫かなぁ?」
「ぴりぴりとしみたり、痛みますか?」
「いえ」
 春水が二人を覗き込むようにしながら伝えると、店員は微笑を浮かべて七緒へと問い掛けた。七緒は小さく首を横に振る。
「なら、大丈夫でしょう。痛むようでしたら拭って、一度お水で洗ってからこちらを付けてください」
「はい。ありがとうございます」





 そんな事があってから、七緒は自らも唇や肌を気にするようになったし、成長し乱菊と知り合ってから彼女に教えられて手入れするようになったのだが…。



[*前] | [次#]
[戻る]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -