◇花火


「あら、ギンどうしたの?こんなところで」
 乱菊は首を傾げて尋ねた。
 それというのも、十番隊でも十一番隊でもなく、商店街でばったりと出会ったからである。
「ん?買い出しに来たんよ」
 ギンが包みを掲げて見せる。
「何?しおらしく下っ端してるじゃない」
「うーん、実際ボク下っ端やし」
 ギンは笑みを浮かべ首を傾げた。しかもどうやら今ではその下っ端気分を純粋に楽しんでいる節もある。強い思いから解放されたからだろうか。

「乱菊こそどないしたん?副隊長さんはまだまだ執務室で仕事の時間やろ?」
「飽きちゃったから」
 ギンが真面目な指摘をすると、乱菊は肩を竦めてあっけらかんと言い放つ。
「……日番谷隊長も相変わらず大変そうやねぇ」
 昔と変わらない乱菊の奔放さに、ギンは笑みを浮かべたまま頷く。変わらない乱菊を見る度に彼は嬉しくなるから、自然に笑みが張り付いているようなものだ。

「まあ、でも会えて丁度良かった」
「ん?何?」
「あんな、週末の祭りに誘おうと思って。悪阻とか大丈夫?」
「う〜ん悪阻は夜はあんまり……ただすっごく眠くなるのは早いのよねぇ……。元々夜更かしはしない方だけれど」
 夜更かしは美容の大敵だ。酒は好きで飲んでいたし、普通に居酒屋へ行くなどしていたが深夜まで飲み明かしたりという夜更かしはしない方なのだ。
「そっかぁ…一緒に花火見たいなぁ思ったんやけれど……大きな音は胎教にも、あかんかなぁ?」
 乱菊の夜更かしという言葉にギンが今更ながらに気が付いたと言うように、小さく呟く。
「人ごみの中で、花火の近くだと体に悪いだろうけれど……、静かなちょっと遠い所なら悪くないわよ?」
「具体的やね?どっかええ場所知ってはるの?」
「あるのよ。絶好の場所が。いいわ、あたしが場所の方は手配するから」
「おおきに」
 今は乱菊の方が瀞霊廷に詳しい。ギンはあっさりと乱菊に従うことにした。
「どうせ週末だし、そのまま泊まっていきましょ」
「うん」
 乱菊の提案にギンはまたもあっさりと頷いたのだった。


 当日、乱菊が案内した場所は静かで小高い場所にある、宿だった。
 周りに建物がないため、花火が良く見える。少し離れているためか花火の迫力はないので、花火が目的の客はいないようだ。祭りの喧騒から逃れたいという思いの方が強いようで、外を眺めているような声は他の窓から聞こえてこない。
 乱菊は花火を見ると言う目的から広縁に露天風呂がついている部屋を頼んでいた。

 露天風呂から小さな花火が見えている。可愛らしくポン、ポンと音が聞こえ天に花火が咲き乱れている。小さいながらも美しいには違いない。
 ギンは風呂上がりに浴衣姿で、風呂の側に設置してある縁台に座り冷えた西瓜を頬張った。
「こらええ眺めや」
「でしょ?」
 乱菊も風呂上がりに少し濡れた髪を軽く結い上げて、浴衣姿で少しばかり冷えた麦茶を飲んでいた。小首を傾げた様子が色っぽい。
「……男と来たことが?」
「ふふふ」
「うう〜」
 誤魔化し笑いに、唸りながら西瓜に食いつく。いつもならば、酒があってやけ酒でも煽りたい気分な所だ。だが、まだお腹はさほど目立たないが乱菊が妊娠している為に、彼女の為にも酒の用意はない。その為に、実に健全にやけ食いだ。

「赤ちゃん、生まれたら、また来ような?」
「それも良いわね」
 随分と先の約束だが、ふと二人は同時に思い立った。こんな先の約束を今までしたことが無かったことに。

 二人の笑みは深くなり、どちらからともなく唇が重なったのでした。




20120704〜0904


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