卯ノ花烈は大きな溜息を吐きだした。
 執務室で一人書類に目を通している所だ。副隊長の虎徹勇音は現在、他の隊の治療の為に部下を連れ出動している。

 四番隊は他の隊よりも書類仕事が多めだ。何せ十三隊全体の怪我人や病人を一手に引き受けているのだから、当然と言えば当然だろう。
 何かしら大きな出動命令があれば、怪我人がどうしても出てしまう。
 十三隊の中で一番隊の総隊長山本元柳斎に次いで長く隊長を務め、陰では最強と言われる烈とて時折弱音を吐きだしたくもなる。

「こんな時、お側にいて下さればいいのに…」
 こんな時夫婦ともに同じ隊にいる者達が羨ましくなる。一時だけで良いのだ。ちょっとだけ力を抜きたいと思った時に、側に居て欲しい。
 不思議な事に、かつては長く一人でも平気だったのに、結婚し、子供が産まれ、それほど遠くない未来に子供達が羽ばたいて行くというのに、今更何故こんな気持ちになるのだろうか。
 思わず自嘲の笑みが浮かび、目蓋を閉じて弱気になっている自分を慰めようと、椅子の背に凭れた。


「…大丈夫か?烈」
 不意に声を掛けられ驚きに目蓋を持ち上げた。
「まあ。浮竹隊長…どうされましたか?」
「おいおい、二人きりの時くらいは」
「…執務室でしたので、つい」
 何時の間にか側にいて烈の頬を撫で笑みを浮かべている夫に、思わず安堵の笑みがこぼれる。
「それで?どうかされましたか?」
「ん?うん。なんだか無性に烈に会いたくなってな。今日は体調もいいから、来て見たんだ」
「そうでしたか」
 虫の知らせとでも言おうか。思わぬ偶然に烈の笑みが深くなった。
 椅子から立ち上がり長椅子へと移動すると、十四郎もくっついてきて隣に座った。
「さっきは休もうとしていたのか?」
 目蓋を閉じて椅子に凭れていた様子から推測し、問い掛ける。
「ええ、文字ばかり追っていたので目が少し疲れてしまったので」
「そうか、書類仕事はそれが困るよな」
「本当に」
 隊長同士理解しあえる内容に、十四郎は深く頷き同情を示した。
「京楽が逃げ出したくなる気持ちが、本当にちょっぴり解ることがある」
 特に病み上がりで積み上がった書類を見た時は、本気でそう思うことがあるほどだ。無論十四郎は真面目な性格なので、嫌だと感じてもそれを実行することはない。
「四番隊は書類が多いから、尚更だろうな」
「ええ」
 頷く烈の様子に、十四郎は何か思いついたように烈から少し離れて座り直した。

「そうだ、たまには俺が膝枕をしよう。ほら」
 笑顔で膝を軽く叩き、自分の膝に頭を乗せるように促す。
「ですが…」
「ほら」
 十四郎は尚も笑顔で促し、強引にと言って良い力で烈の腕を引き頭を自分の膝の上へと乗せてしまった。
「…じゃあ、少しの間だけ」
「ああ。たまにはゆっくりするといい」
 苦笑いを浮かべ夫の言うままに目蓋を落とした。
 温かな十四郎の手が優しく烈の頭を撫でる。
 いつもは自分が十四郎にしていることを、逆にされるとなんだかくすぐたい気持ちになる。
 十四郎の優しい気持ちに包まれると、これが望んでいたことだったのだと不思議と落ち着いてきた。


 いつしか、烈は本当に眠りについてしまった。


 十四郎は烈が眠りに入った事を見届けると、眉間に微かに皺を刻んだ。
 妻が疲れる姿など、滅多に目にすることがないからだ。
 自分よりも遥かに強かな性格で、体力もあって、実際に力もある。そんな彼女が弱音を吐くことはないが、薄々感じることはある。そんな時出来るだけ側にいて、気持ちが楽になるように支えたいと十四郎も考えるのだが、いかんせん病弱の身であるので常に側にいて気を配る事ができない。
 今回はたまたま、本当に偶然居合わせることができたのだが…。
 もっと素直に頼って欲しいと思うのだが、病気がちな自分に気を使わせまいと彼女は逆に気を使っているのだろう。


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