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テーマ「推しとの恋」
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長い長い感謝の言葉は君がここに来てから言うよ


「…ここは、どこだ」

辺りを見回しても、ただ何もなかった。白い床に、白い壁。どうしてここにいるのか、皆目見当がつかない。
何もわからなくて、ただ俯いて頭を抱える。
ここは、どこだ。…おれは、

「…スピードワゴン」

「そっ、その声はッッ!」

慌てて顔を上げると、俺の前にはジョースターさんの姿があった。見間違いじゃないかと何度瞬きを繰り返しても消えないそれが、次第にぐにゃりと歪む。

「…ジョースターさん、」

「…久しぶりだっていうのに、随分ひどい顔だね」

ジョースターさんは、俺のよく知った柔らかな笑みを浮かべて、その無骨な手に似合わない綺麗なハンカチを差し出した。それでようやく、目の前のジョースターさんが歪んで見えるのは、自分が泣いているからだと知る。

「…ッッすまねえ!」

「あはは、相変わらずスピードワゴンは騒がしいなぁ」

俺がずび、と鼻をすすって涙を引っ込めている間に、ジョースターさんは俺の隣に腰を下ろした。

「スピードワゴン」

春風が菜の花を撫でるみたいな声が耳に届いて、また鼻の奥がツンとする。なんですかジョースターさん、と返せば、彼は相変わらずの笑顔で俺に話しかけた。

「ここは、「一緒に閉じ込められた相手とお互いに一番の秘密を打ち明けるまで出られない部屋」なんだ。」

「はぁ、」

なんとも間抜けな声が出た。一緒に閉じ込められた相手(まぁこれは目の前のジョースターさんだ)と、秘密を打ち明けるまで出られない。…いまひとつ意味がわからない。それに俺は、ようやっと会えたこの人となら、ずっとこの部屋にいたいとすら思える。

「俺ぁ、アンタとならずっとここにいたって…」
「スピードワゴン」

嗜めるような響きで呼ばれて、反射的に「すまねえ」なんて謝罪が零れた。しかし、ジョースターさんに秘密を話さなきゃあならねーとは…。

視線を泳がせても、俺とジョースターさん以外はただ一面の白。壁と床と天井。抜け出せそうな扉はおろか、光源さえわからない。それでも明るいこの部屋は、夢か何かの産物だろう。それでも、目の前にジョースターさんがいるのは、素直に嬉しい。
ジョースターさんはゆっくりと唇を開いて話し始めた。まるで寝物語のような、懺悔のような響きは静かに部屋を揺蕩う。

「……僕はね、ほんとは、弱い人間なんだよ。それが僕の秘密さ、スピードワゴン」

目の前の、力強い正義の塊みたいな人が、そんな懺悔をすることが、無学な俺にはわからない。温室育ちで甘ちゃんの紳士になら、わかるのかもしれねえが。
ぽかんとした顔でジョースターさんを見つめると、彼は困ったように笑う。

「お葬式ってさ、」

突然出て来たその単語に、胸がずきりと痛む。空っぽの棺、俯いて唇を噛みしめるエリナさん。ちっぽけな花、冷たい石碑。

「…ほとんど記憶にないんだ。ダニーもロクに葬ってやれなかったし、父さんも、母さんも。綺麗に飾り立てて、目一杯の感謝の言葉で送り出せたらよかったのに。」

やんわりと微笑む姿が何処か少年じみているのは、そのせいなのかもしれない。他人の死を目の当たりにしてこなかった大甘ちゃんの、それが弱さだと、ジョースターさんはそう言いたいのだろうか。

「でもね、君やエリナの死に顔を見ないで逝けたことには、ほっとしているんだよ。…きっと怒られてしまうけど」

スピードワゴンにも、エリナにもね。
そう言ってジョースターさんは、また微笑んだ。それから、スピードワゴンは? と、母親に世の道理を問う幼子みたいに可愛らしく小首を傾げた。

「…俺は…、俺はッ…本当はあんたを引っ叩きたかった。大丈夫じゃねえよ。俺もエリナさんも、お腹の子供も、あんたが必要だったのに、俺たちは、あんたみたいに強くなんてないのに」

「…だから僕は、弱かったんだよ」

もし僕が残される側だったら、君たちみたいに未来を生きることができただろうかって思うと、自信はないな。なんて、今更誰にもわからない問いを唇に乗せる。

「甘ちゃんだからなぁ、ジョースターさんは」

「…うん」

また視界が滲んできたから、溜息と共に天を仰いだ。見上げてもそこは青空じゃあなく、ただの白い天井だったけれど、俯くよりはマシに違いない。

「僕には君に贈れる花が、今まで懸命に僕たち家族を守ってくれた君に返せるものがない。だから、スピードワゴン。せめて言葉で君への感謝を伝えたいと思う」

「ばかいっちゃいけねぇや」

そんな言葉いらないから、共に生きてくれ。俺の願いは、終ぞ唇から零れることはなかった。これ以上何か言ったら、嗚咽が零れてしまいそうで、必死に唇を噛み締める。

「…ねぇスピードワゴン」

「…ッ、」

「長くなりそうなんだ、とても。だから、君がこっちに来た時に、退屈しのぎに聞いて欲しい。」

待ってるから、君を。ずっと。

「…そんな、」

そんなこと言っちゃあいけねえ。一緒に、一緒に生きて欲しい。エリナさんだって、あんたの子供だって、なんならいつか生まれるあんたの孫にだって、その優しい笑顔をみせちゃあくれねえか。

「…僕も君も、秘密を打ち明け終わった。また少しだけ、さよならだよ。スピードワゴン」

柔らかな声が、緩やかに遠ざかる。
視界が歪んで、あんたが見えねえよジョースターさん。


20170927


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