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一瞬と言う名の永遠

何人もの他人を消してきたわたしにとって、『その判断』は造作もないことだった。
人混みの中、一人の男に目を付ける。黒髪に黒い瞳の、これといった特徴のない、靴の汚れた男。指先は美しい方がいいが、この際そんな細微なところまで拘ってはいられない。
普段とは大分勝手が違うせいで選定が多少雑だったことは否めないが、わたしの審美眼は概ね正解だった。

「…あぁ、君でいい。…君の、人生は…平穏だろうか」

人混みを歩く一人の男に声をかける。彼はわたしが声を掛ける直前までこちらを認識していなかった。経験上、このような人間が望ましい。彼はわたしを見ると一瞬怯み、すぐに関わり合いたくないとでも言わんばかりに視線を逸らし、私を避けるように右側に一歩踏み出した。あぁ、そうだ、それが『正解』だ。……平穏な暮らしを得るための。

「…君の人生は、平穏だろうか」

追われている身でキラークイーンを出すのは気が引けたが、時間がかかるリスクの方が大きいと踏んだわたしは、彼の身体をキラークイーンで押さえ込む。突然身動きが取れなくなった男は、混乱しながらもわたしの言葉を繰り返した。

「…わたし、の…人生…」

その言葉に、思わず顔が綻んだ。あぁ素晴らしい、わたしはツイている。成り代わろうというのなら、一人称は合っていた方がいいのは当然だ。あまり見られたくはないが、殺す前にいくつか確認しなければならない。手短に、簡潔に。できるだけ正確な情報を。
もう一度「平穏か」と問いかければ、目の前の男は戸惑いがちに首を縦に振った。それを見て、顔がにやけるのを止められない。ひとまず、一番大きな問題はクリアした。まぁ、顔を見れば大抵はわかるが、今回は『彼女』を作るときよりも、もっとずっと重要な話なので、できるだけ確実な方がいい。

「…名刺は、カバンの中に?」

「…ッ、」

「…免許証は?」

矢継ぎ早に問いを重ねれば、目の前の男は戸惑いに唇を開いた。そこは首を振るだけで済ませて欲しいものだが。

「…ど、うして、そんな…ッ、ぐ、」

「質問を質問で返すな」

わたしは理解力のない人間は嫌いだ。本当なら引きずり倒して怒鳴りつけてやりたいところだが、今この人混みの中で目立つのは困る。キラークイーンで首筋を締め付け、低く小さな声を耳元に投げ掛けた。それからもう一度「名刺と免許証はカバンにあるか」と問えば、男は息が苦しいのか、目を白黒させながらこくこくと頷く。死ぬんじゃあないか、なんて怯えを含んだ視線を見て可笑しさが込み上げてきた。これくらいの締め方じゃあ死なないよ。わたしが言うんだから間違いない。

「そうか……フフ…。本来であれば君のような男からは何も奪うつもりはないのだがね……。今回は特別に、君の……人生をもらうとしよう」

あぁ、素晴らしい。やっぱりわたしはツイている。別に信心深い方じゃあないが、一人目でこうも条件にぴったりの男に出会えるなんて、神はわたしに味方していると思わず祈りを捧げたくなってしまう。

「怖がらなくてもいい。……君よりも上手く、君よりも平穏に、人生を送ってあげよう。」

男の黒い瞳は、何を思っているのだろう。いくら考えても詮無いことだが、少しくらいは考えてやってもいいと思えるくらい余裕ができた。それは、とても素晴らしいことで、この先の全てが上手くいく予兆であり、確信のようだった。

「さぁ、新しい人生の幕開けだ」

目の前の男の肩を抱き、わたしは上機嫌で歩を進めた。わたしは今日からこの男として生まれ変わる。新しい平穏な暮らしに繋がる扉は、もう目の前だ。まるで結婚式に臨む花嫁のような高揚感と、わたしがこれから完璧にこなすであろうこの男の日常に胸を躍らせながら、ドアノブに手を掛けた。


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