空条くんは、手袋をしない。
寒空の下に素手は寒かろうと常々思っていた私は、彼の誕生日に手袋をプレゼントすることにした。いつだかは知らないけれど、水瓶座だと人伝てに聞いたことがあるから。
会ったら渡そうと鞄にしまっておいた包みは、意外と早くに取り出せそうだ。いつもの喫煙所で紫煙を燻らす空条くんを見つけ、声を掛ける。
「…空条くん!」
「…おう。」
彼は私を見るなり少しばかり嫌な顔をした。また説教かよ、とでも言いたげな視線を向ける。まぁ彼は未成年だから、こちらとしても言わないわけにはいかないのだ。
「またタバコ吸ってる。…未成年はダメだよ」
「…また説教かよ…」
お決まりのやりとりの後、私は鞄から包みを取り出す。空条くんはごそごそと鞄を探る私を怪訝そうに見ていた。
「誕生日おめでとう」
「……は…?」
ポカンとする顔すらかっこいいなんてズルいよな…なんて思いながら、彼に包みを押し付ける。空条くんはまだ長さの残るタバコを揉み消し、両手できちんと受け取った。
「…サンキュ。…なんだって俺の誕生日なんて…」
「え?いつだか知らないけど水瓶座なんでしょう?いつも手が冷たそうだから、手袋。」
ポケットに手を入れて歩くのも危ないんだからね、と言えば、彼は「てめーは俺のおふくろか」と苦い顔をした。
「せめてお姉さんにしてよ。ぴっちぴちの美人だよ?」
「自分で言うのかよ」
空条くんは、やれやれだぜ、といつものセリフを吐いた。タバコを消してしまった彼はもうここに用はないのだろう、私から受け取った包みをカバンにしまった。
「帰るの?…またね、空条くん」
ひらひらと手を振れば、「じゃあな」なんて言葉が返された。大きな背中を見送りながら、あれは喜んでくれたのかな?なんて考えた。
*****
それから何度か空条くんに会ったのだけれど、彼の手は相変わらず寒そうで、私はなんだか心が痛い。…気に入らなかったのかな。
「空条くん、手、寒くないの?」
あんなものいらなかった、なんて言われてしまったらどうしよう、と思うと、なかなか手袋のことを切り出せない。けれど察しの良い空条くんは、私の言いたいことにすぐに気付いたらしい。
「手?…あぁ、この間の手袋のことか?」
「…そう!」
彼は相変わらず指先にタバコを挟んでいる。何か考えるように一口吸うと、ふっと煙を吐き出した。
「んなもんなくても、ななこがあっためてくれりゃあいいだろ」
空条くんはタバコを持っていない方の手で私の手を取った。ひんやりとした指先は、私の手よりもずっと、大きくてしっかりしている。
急にそんなことをされて、私はただパニックになるばかりだ。
「ななこさ、ん!…年上にはさん付けするの!」
そういえば、空条くんに名前を呼ばれたのは初めてかもしれない。なんだかドキドキしてしまって、語気強く言葉を返した。
空条くんはそれを聞いてもう一度「ななこ」と呼んだ。この子ホント何考えてんだろ。
「…恋人にさん付けする必要はねえだろ。」
「…え?」
「…今から、なっちゃあくれねえか」
コイビト、に?とおそるおそる問い掛けると、空条くんは真剣な瞳で私を射抜き、力強く頷いた。
「…いや、あの、急に…いわれても…」
掴まれた手に力が籠る。さっきはあんなに冷たかったはずの手が熱い。空条くんの恋人、ってことは、彼は私が好きなんだろうか。そんな、女の子なら他にたくさんいるだろうに、どうして、年上の私なんかを。
「YESか、NOか」
追い討ちのようにそう言われて、もう逃げられない。蛇に睨まれた蛙、って言葉がまさに今だ。空条くんのことは、少なからず好意的に思っている。けれど付き合うとかそういうことは、考えたこともなかった。なんていうか、シツレイだけど野良犬にエサをあげてるっていうか、珍しいものを観察するみたいな。だけど、
「…ど、どちらかといえば…いえす、です…」
「…よろしくな、ななこ」
空条くんは安心したような笑みを零した。年相応のその笑顔はなんだかとても可愛くて、思わずドキドキしてしまう。
先程から掴まれていた手は、いつの間にか『恋人つなぎ』にされていた。空条くんがタバコを揉み消してしまえば、あっという間にカップルみたいな姿の私たち。なんだかにわかには信じがたい。
「で、なんで手袋しないの」
意を決してそう問えば、空条くんは少し考えて、困ったように返事をした。
「あぁ、アレか…。タバコ吸うのに邪魔だし、着けたら小さかった」
私の手を掴んでいる空条くんの手は確かに大きかった。身長だってこの位置に来てしまうと近すぎて顔が見えないほど大きい。小さかった、と言われればそれはそうかもしれないな、と思う。
「だからてめーがあっためてくれりゃあいいだろうが」
恥ずかしいのか吐き捨てるようにそう言ってぎゅう、と手を握られる。照れてるのかな、と思って「照れてる?」と聞いてみたら「うるせえよ」と返って来た。否定しないところがとても素直で可愛いな、なんて思いながら、私は空条くんの大きな手を握り返した。
2017 Aquarius, Happybirthday!! JOTARO!!
後日遊びに行った空条くんの部屋に、私がプレゼントした手袋が大切にしまってあると知るのは、また別の話である。
20170201
prev next
bkm