「好きでもない人を呼ぶな」に対しての先生の答えが「君はぼくの家に来ていい」だったのだから、先生は私のことを好きだと思ってくれているんだろうか。
それとも、子供がオモチャを欲しがってつく嘘のようなものなのか。
それとも…先生は私の反応を見ているだけなのか。
先生の気持ちがちっともわからなくて、私は
その場を逃げ出してしまった。
私の反応を見ている可能性が一番高いだろう。漫画のネタにでもするつもりだと考えるのが普通だ。
でも、私の心はそう割り切れない。
ぐちゃぐちゃな気持ちを抱えながら、 とぼとぼと家に帰った。
玄関に着いた時、軽快なメロディがメールの着信を告げる。
開けてみれば仗助くんから。
他愛ない内容だったけど、心底ホッとした。
『電話してもいいかな?』
『いいっスよー。でも俺今月ピンチなんで申し訳ないんスけどななこさんから掛けてもらってもいいですか?』
オシャレに気を使う仗助くんは、学生ということもあって割といつも金欠らしい。
素直にそう言ってしまえる飾らないところが彼のいいところだと思う。不思議とこっちまで素直になってしまう。
「…ななこさん、どーしたんスか?」
数回のコールで聞こえる彼の声。
緊張とか、ぐちゃぐちゃだった思考が全部溶
けていくような安堵感を覚える。
「えと、急に声が聞きたくなって…」
「ま、マジっスか!そいつぁ最高にグレートっス!!!」
電話口で大騒ぎする仗助くんに思わず笑ってしまう。会いたいって言ったらきっと飛んできてくれるんだろうな。
「あの、さ…今度は何が食べたい?また招待させてよ。」
「いいんスか?じゃあ俺、ハンバーグがいいっス!」
いますぐに会いたいって言いたかったはずなのに、なぜだか言葉が出ない。
「じゃあ明日、作らせてくれる?」
「楽しみにしてるっス!」
*****
昨日そう約束したはずなのに。
帰りがけに急ぎの仕事を頼まれてしまって、仗助くんに断りのメールを入れる羽目になった。
『大丈夫っスよ。仕事頑張ってください!』
『また今度埋め合わせさせてね。』
仗助くんは相変わらず優しかったけど、一人の部屋に帰らなければいけないと思うと、なんだか憂鬱だった。そもそもこの仕事は何時に終わるんだろう…今日のうちに帰れることを祈ろう。
それからも、会う予定を立てるたびに私の都合が悪くなってなぜだか会えない。
この前の日曜なんて待ち合わせ場所に行く途中で事故を目撃してしまってなぜか救急車に同乗することになった。ここまでくると何かの陰謀すら感じる。意味がわからないけど。
「ごめんね仗助くん…私ッ、また用事ができちゃって…会いたいのに…」
断りの電話も何度目になるだろう。
いくら優しい仗助くんでも、そろそろ嫌われてしまうんじゃないかと不安になる。
「…俺だって会いたいっスよ。」
「なんか、…最近ものすごく運が悪いみたいで…仗助くんに会おうとすると何か起こるんだよね…」
私がウサギだったら寂しくて死んでると思う。実際寂しいのと忙しいのとで、最近はあまり食事を取れていない。
「なんスかそれ。俺に会おうとすると?その時限定?」
「…え、うん。多分…」
軽く零したつもりの愚痴に食いつかれて驚く。
何か引っかかったらしい仗助くんは、しばらく考えた後、ゆっくりと問いかけた。
「ななこさん、もしかして…露伴に会いました…?」
「…ん、うん…荷物、返してもらった…」
どうして分かるんだろう。
別に隠していたわけではないけど、問い質されると怯んでしまう。露伴先生に期待してしまう気持ちが、疚しさになって言い出せなかったからだろうか。
「多分そのせいっス。」
「…え、ちゃんとッ…外で会ったよ…?」
言葉の意味がわからないけど、露伴先生に会ったことを咎められた気がして慌てて言い訳する。
仗助くんに会えないのは露伴先生のせいなの?露伴先生は呪いでもかけられるんだろうか。できそうだな…。やだ怖い。
「その時、変わったことありませんでした?」
「えと、貧血しちゃったみたいで…ちょっと気絶?してたみたい。」
あの時にコーヒーが零れてしまったワンピースは、シミが落ちなくて捨ててしまった。
「…あの野郎…」
「…ごめんね。別に隠してたわけじゃなくて、ッ!」
仗助くんの様子がいつもと違って、怖い。
温厚でニコニコしたイメージしかないので、まるで別人みたいだと思う。
「そうじゃないんスよ。…あー、とにかく、もうちこっとだけ我慢してもらえますか?俺がなんとかするんで。」
仗助くんは勝手に納得している。理由を聞きたかったけど、普段と違う仗助くんの態度がそれを拒ませた。
「…うん、ごめんね…」
「ななこさんが謝ることじゃないっス。露伴がぜーんぶ悪いんスから。」
『露伴が』『ぜーんぶ』と、めちゃくちゃ強調して言われた。そもそも会ってしまった私も、多分同じだけ責められるべきだと思う。
「…仗助くん…」
不安になって名前を呼んだけれど、彼はもうそれどころじゃないようだった。
「終わったらまた連絡するんで。心配しないでください。」
そう言って電話は切れ、私は何もできなかった。
*****
不安なまま翌日を迎える。いつもならおはようのメールに返信が来るけど、今日は来ない。
たったそれだけのことだけど、なんだかとても心が重い。毎日どれだけ仗助くんに救われていたのか思い知る。
何もする気が起きなくて、ただぼーっとする。仕事に行かなきゃいけないのに。
着信が来て、慌てて電話に出る。
声の主は上司だった。時計を見れば始業時間は過ぎている。
「スミマセン、体調が悪くて…」
そう言うと、最近の私の様子を心配していたことを告げられ、思いの外あっさりと休みがもらえた。
ぽっかり空いた一日が、まるで自分の心のようだと思う。
何もする気が起きなくて、携帯を握り締めて再びベッドに寝転んだ。
*****
着信音が聞こえて、現実に引き戻される。
どうやら眠ってしまっていたらしい。
「もしもし…?」
寝ぼけたまま電話に出ると、仗助くんからだった。
「あ、ななこさん?今からドゥ・マゴに来られます?」
「あ、うん。大丈夫。すぐ行くね…」
仗助くんからの呼び出しに、一気に目がさめる。やっと会えると思うと心が躍る。
急いで支度をしてドゥ・マゴに行くと、そこにいたのは傷だらけの露伴先生だった。
「え!露伴先せ、」
どうしたんですか、と言いたかったはずなのに、私の意識はそこでブラックアウトした。
*****
「…あ、気づいたっスか?」
「…じょうすけ…くん…」
目を開けると心配そうな仗助くんの顔が目の前にあって、なんだか状況がわからない。
「…やっと、会えたっスね。」
「…仗助くん…」
ニカッと笑う彼はいつもの仗助くんで、思わず涙が出てしまう。
「ななこさんは泣き虫で寂しがりっスねぇ。…でももう大丈夫っスよ。」
慰めるように話しかけてくれる仗助くんの隣には、ぶすくれた露伴先生。
「…露伴先生…」
「…ぼくが悪かったよ。」
「…なんのことですか…?」
「ななこさんは知らなくていいっス!さ、行きましょ。」
状況がまったく掴めないまま、仗助くんに手を引かれて歩く。
露伴先生とすれ違い様、仗助くんは思いっきりあっかんべーと舌を出した。
露伴先生は死にそうな表情で私を見ている。声を掛けたかったけど、言葉が見つからないまま引き摺られるようにその場を後にした。
「あの、仗助くん…待って。」
「やっと会えたんだからいーじゃないっスか!それより俺、ななこさんのために学校サボったんスよ。」
「え、そ…うだよね、今日金曜日だもんね。ごめん…」
会いたいってワガママのために休んでくれたってことか。私も会社をサボったけど、仗助くんのためではない。
「ななこさんの部屋に行きましょ。」
「あ、うん。いいよ。」
なんだか露伴先生のことを聞ける雰囲気ではない。仗助くんに会えて嬉しいけど、さっきの露伴先生の死にそうな顔が気になる。
どうして仗助くんは露伴先生と一緒にいたんだろう。
考えても答えなんて出ない。
prev next
bkm