ななこさんはまだ眠っている。
とりあえず露伴の家から連れ帰ってはみたものの、タンクトップとパンツしか身につけていない。勢いに任せて服を持たずに出てきてしまったことを外に出てから後悔したが、取りに帰ってヘブンズドアーで何かされても嫌なのでそのまま帰ることにした。
ななこさんの身体には毛布が巻かれていたけど、寒い季節ではなくて本当に良かったと思う。
「…なんでこんなことになってるんスか…」
そっと髪を撫でながら、独り言のように話しかける。彼女はまだ目覚めそうにないので、とりあえずこのまま寝かせておくことにした。
*****
「…ん、…あれ、…?」
「あ、起きたんスね。ここ、俺んちです。」
寝ぼけ眼を擦るななこさん。
起き上がったせいで毛布が落ち、タンクトップ一枚の姿が目の前に広がる。グレート…じゃない目の毒だ。
「えっと、仗助くん…」
「はい。」
なんと説明したものか悩む。
助けたと、自分はそう思っているが下着姿のまま服もなく連れてこられていると知ったら、彼女はどう思うだろうか。
「…私、露伴先生の家にいた気が、する、んだけど…」
何を思い出したのか、声が震えている。
露伴の野郎はこの人に一体何をしたのか。
「…ヒドイコト、されたみてーだったんで…連れて来ちゃいました。スンマセン。」
「…えっ、…」
ななこさんの顔が青褪める。
俺に行為を知られたと思ったのか、それとも露伴に何かされることを怖れたのか、理由はわからない。
「それよりこれ着てください。…今お茶淹れてくるんで。」
とりあえずスウェットを渡す。どう考えてもぶかぶかだろうが、何も着ないよりはマシだ。
「え?あっ!こんな格好…ごめんね!」
慌てて毛布を引き上げるななこさん。
まるで自分が褥を共にしたようで、顔が熱くなる。赤い顔を見られないように慌てて部屋を出た。
「…入りますよ?…」
「うん。あ、服ありがとう。仗助くんやっぱり大きいね。」
俺の服はやっぱりぶかぶかで、ズボンは履けなかったらしい。トレーナー1枚の彼女の、白い脚が眩しい。
「噂の『彼シャツ』ってやつっスね。」
お茶を渡しながらそう軽口を叩けば、彼女は「…似合うかな。」と少しだけ笑った。
ここにきてやっと見られた笑顔にホッとする。
「似合うっつーか、色っぽいっス。…そうだ、寒くない?どっか痛いところは?」
「…ありがとう。大丈夫。」
お茶を受け取りながら、彼女が笑う。
何があったのか、聞いてもいいんだろうか。
「…何があったか、聞かない方がいいっスよね…」
「…ごめんね、心配させちゃって。でもホント、大丈夫だから。」
笑顔を向けてくれるけど、いつものななこさんとは違う。きっと無理してるんだろう。
身体だけしか治せないのが歯痒い。心も、治せてしまえば、いいのに。
「…悪ィけど、大丈夫には見えないっスよ…」
「…ッ…」
髪を撫でようと手を差し伸べると、ななこさんはびくっと身構えた。
ゆっくり近づいただけで怯えてしまうほどのことをされたんだろうか。
「…何されると思ってます?怖いと思うようなこと、露伴にされたの?」
「…ぅ、っく、…」
そのままそっと、安心させるように髪を撫でた。ななこさんの大きな瞳が閉じて、そこからぽろぽろと涙が零れる。
「もうちこっと、大切にされてもいいと思います。」
『ちこっと』と付けたのは、彼女がされたことがそれほどではないといいという願望。
そんなことはないってこの目で見てしまっているけれど、それでも。
「ねぇななこさん、…俺が、大切にしてもいい?」
撫でていた手を背中に下ろし、ゆっくり引き寄せる。少しでも嫌がったらやめるつもりだったけれど、ななこさんは大人しく俺の胸に収まった。
「…ダメっスか?
別に、ななこさんは今のまんまでいいんで。」
露伴の所になんて行って欲しくないが、そこまでする権利はない。けれどもし、アイツにまた泣かされたとしても、俺が助けてやる。
「…ッダメじゃない…けど…、なんで…」
なんで、なんて言われても、ただもっと大切にされて欲しいと思っただけで。
「俺がしたいから。
…とりあえず、お風呂入りましょ。」
さっきお茶を入れに行った時にお湯を張ったからそろそろ大丈夫だろうと、抱きしめたななこさんをそのまま抱き上げる。
「きゃ!えっ、お風呂って…」
びっくりしたのか少し足をばたつかせたけど、バランスを崩しそうになって慌ててぎゅっとしがみついてきた。
「あ、仗助くんは純愛タイプなんで一緒に入るとかナシっス。恥ずかしーじゃあないっスか!」
風呂場の前でななこさんを降ろして、タオルを渡す。
「ありがと。…それじゃ、お風呂いただきます。」
ぺこっと頭を下げて、ななこさんはお風呂に行った。
ドアが閉まるのを見届けてから部屋に戻った。
*****
「お風呂ありがとう。」
たっぷり一時間も待っただろうか、ほかほかと湯気を纏いながらななこさんが戻ってきた。
「髪乾かしましょ。こっち来てください。」
用意していたドライヤーを見せながら、手招きして座るよう促す。
「ひとりでできるよ…」
「いーからホラ、座ってください。」
ドライヤーを借りようと伸ばした手を掴んで、目の前の椅子に座らせる。
鏡はないが、さながら美容師の気分だ。
ドライヤーの音で会話は届かないので、髪を乾かすことに集中する。
柔らかい髪が風になびいて、シャンプーの香りを運んでくる。自分と同じ香りのはずなのに、なぜだか甘い。
「はい、サラサラになりましたよ。髪キレーっスね。」
ドライヤーを止めて、乾かし終わった髪を撫でる。さらさらと柔らかい感触を手放すのが惜しい。
「ありがとう。…仗助くんの手は優しいね。」
風呂で心が緩んだのか、いつもの柔らかい笑顔で振り向く。こんなに可愛い人に、どうしてあんなに酷いことができるというんだろう。
「手だけじゃないっスよ?優しーの。」
ぐっと顔を近づけてニカっと笑ってみせる。
ななこさんはびっくりしたのかまんまるな目をさらに丸くして、それから楽しげに笑った。
「…うん、そだね。」
この笑顔を、守ってあげたいと思う。
雨の日に傷ついた捨て猫を拾ったら、きっとこんな気持ちなんだろうか。
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bkm