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ワゴンちゃんのかげおくり


「ジョースターさんがいなくなっても、空はいつでも青くて、雲はいつでも白いんだなぁ……」
ぽかぽかとした春の陽気に誘われて散歩に出てみれば、見知った人がぼんやりと空を見上げていた。その唇からはなにやら独り言が零れている。私が隣に腰を下ろしても全く気付かない彼は、まるで空にぽかりと浮かぶ雲のようだ。
「……詩人ですね?」
「ぅおッ!!なななんでアンタがここに……ッ!?」
春一番のような勢いで身を反らしたスピードワゴンさんに思わず笑みが零れる。
「さっきからいましたよ?スピードワゴンさんったらお空に夢中でちっとも気付かないから」
慌てふためくスピードワゴンさんを見つめるのはちょっぴり可哀想な気がして、彼が見ていたのは一体どの雲なんだろう、なんて思いながら視線を空に向けた。
「……いい天気だと思ってな」
少しばかり居心地悪そうな溜息の後、彼はそう言って私と同じように視線を持ち上げた。
「雲の間に愛しい人でも探してたんですか?」
思わずそんな言葉を掛けたのは、遠くとおくを見ていた彼がとても優しい瞳をしていたから。
「……いとしい、ひと」
スピードワゴンさんは私の言葉を噛みしめるように繰り返し、それからまたしばらく空を見つめた後、「愛しかったんだろうか」と呟いた。焦がれるようなその言葉は、細い線香の煙みたいにゆっくりと空気に溶けていく。
青い青い空は、私たちの言葉なんて聞いてないみたいに静かに広がっている。

「かげおくり、って知ってます?」
座った二つのまあるい影に視線を落とし、そういえば、なんて思い出した遊び。
「かげおくり?」
スピードワゴンさんは、また私の言葉をおうむ返しする。さっきと違って、今度は私を不思議そうに見つめながら。
「影を見つめて、ゆっくり十数えて。……それから、空を見上げる。そうすると、かげぼうしが空に映るんです」
確かそんな遊びだった。黒い影を瞳に写して、それから空へ。私が何度もうつしたのは、小さな小さな影。子供の、わたし。それから、おかあさんや、ともだち。
「……へえ、」
スピードワゴンさんは、そんな子供の遊びに興味を示したらしい。すっと立ち上がると、同じように伸びた影に視線を落とす。
「……空に、この影が」
僅かに疑いを帯びた、感慨深いとでも言いたげな声が春風のように流れる。それがなんだか心地よくて、つい瞳を閉じた。

「……オイまさか一人でやらそうっつーんじゃあねぇだろうな」
少しして、不満そうな声が鼓膜を揺らす。せっかく気持ち良かったのに、とまぶたを持ち上げ、彼と同じようなトーンの声を返した。
「……私もやるんですか?」
「当たり前だろ」
ほら立て、と言わんばかりの様子に、重い腰をゆっくり持ち上げた。こんな遊びをするなんて何年振りだろう。並んだ影はふたつ、パッと見て性別がわかる、すっかり大人の姿。
「……じゃあ、数えましょうか」
動かないでじっと見るんですよ? と言えば、スピードワゴンさんは神妙な顔で頷いた。普段だったら茶化すけど、なんだか今日はそんな気分じゃあない。
すぅ、と大きく息を吸って、ゆっくりと数を数える。
「いーち、にーい、さーん、」
見慣れた影の隣に、変わった形の帽子。影でもスピードワゴンさんはスピードワゴンさんなんだな、なんて妙な納得をしながらも、数字は進む。
「しーい、ごーお、ろーく」
静かな空に響く声がなんだか恥ずかしい。震えそうになる声を抑えて、もう一度大きく息を吸う。
「……しーち、はーち、きゅーう、」
こんな子供みたいな遊び、呆れてないかしら、と思ったけれど、視界に焼きつく影は二つとも微動だにしない。
「じゅーう!」
顔を上げると、空にはさっきまで見つめ続けた二つの影。しばらくそうして見つめていると、不意に隣のスピードワゴンさんが息を呑む。
どうしたんですか、と視線を空から外す瞬間、ぽっかりと浮かんだ二人の隣にもう一つ、大きな影が見えたような気がした。

「……どうしたんですか? うまくできました?」
目を見開いてばちくりと瞬きを繰り返すスピードワゴンさんにそう問えば、彼は何か、いろんな感情を綯い交ぜにした顔で、ぽつりと呟いた。
「……ジョースターさん、」
ぐ、と拳を握ったスピードワゴンさんは、晴れやかな顔でこちらを向き、「子供の遊びも馬鹿にできねえなァ!」と笑う。
「そんなに楽しかったんですか」
「……あぁ、もう大丈夫だ!」
アンタがいるからな! なんて爆弾発言を落っことして、すっかりいつもの調子で笑うスピードワゴンさん。
なんだかよくわからないけど、彼が元気になったんなら良しとしよう。

20190314 麺さんへ!!!


萌えたらぜひ拍手を!


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