空条くんが『天国に到達したDIO』を倒した後の世界は、誰も死ななかった。花京院くんもワンちゃんも、みんな無事で(怪我はしているから病院だったけど)、平穏を取り戻すであろう世界。こんな世界だったら、花京院くんは幸せに暮らせるんだろうか。
ぼんやりとそんなことを考えながら目を開ける。あの夢を見た日はなんだか不安になるけど、今日はそんなことなかった。空条くんがあの銀髪のDIOを倒したお陰なのかもしれないし、私が慣れてしまったせいかもしれない。
「あぁ良かった……やっと起きた」
安堵したような声が降ってきて、それから「おはよう?」なんてちょっぴり控えめな笑いを含んだ挨拶。
そうだ、二度寝したんだっけ……と、呑気に起き上がったんだけど、なぜだか私はパジャマじゃあなかった。
不思議に思ってあたりを見回せば、窓の外は夕暮れで、どれだけ寝ていたのかとびっくりする。……っていうか、花京院くんはいつからいたんだろう。
「……そろそろ帰らなくちゃあ、」
目の前の花京院くんが零した言葉に、心臓がどきりと跳ねる。
「帰るって、どこに。」
「何言ってるんだい?家に決まっているじゃあないか。」
寝ぼけないでくれよ、流石に泊まるわけにはいかないだろう?なんて。
慌てる私を宥めるみたいに柔らかく笑った花京院くんは、私の髪をそっと撫でた。びっくりして身を引いたら、花京院くんは少し困った顔をして、何を驚いているのさ、と目を丸くした。
「え、あ……ううん、なんでもない……」
花京院くんは、花京院くんだ。私の目の前にいるのは、私が好きな花京院くんだ。それは間違いない。だけど……
「変なななこ」
「そんなことないもん。」
頬を膨らます私を見て、花京院くんは楽しげに笑った。私も釣られて笑みを零せば、彼は幸せそうにまた私の髪を撫でる。
「……あのさ、花京院くん……」
「なんだい?」
「……もしかして、生きて……る……?」
「何言ってるのさななこ、当たり前だろう?」
寝ぼけすぎじゃあないのかい、と爆笑する花京院くんは、確かにちゃあんと『床に座って』いる。意味がわからなくて混乱する私をよそに花京院くんはノォホホ、なんて変な笑い声をあげるもんだから、私も釣られて声を上げて笑った。
「ねぇ花京院くん、DIOと戦った時の話……聞かせてくれない?」
「……! どうして……君がそれを、?」
驚いた顔の花京院くんは、「誰に聞いたのさ。……承太郎?」なんてちょっぴり不機嫌そうに眉を寄せながらも、エジプトに行った旅の話を始めた。
私が知っている花京院くんは、どこへ行ってしまったんだろうか。
彼の話をぼんやり聞きながらそんなことを思ったけれど、目の前で笑う彼のぬくもりを私は間違いなく知っていて、この世界に確実なものなんて何一つないのかもしれないな、と思い直した。
例えば昔の私が、幽霊なんて何かの間違いだと鼻で笑ったように、今、私が花京院くんと過ごした日々を誰かに話したとしても、きっと誰にも信じてもらえないだろう。けれど花京院くんは、たしかにゆうれいとして私の家に住んでいた。だから私の記憶は、私だけの真実なのだろうと思う。花京院くんにも空条くんにも、それぞれの真実があるに違いない。
たいていこんなおとぎ話の時には、ポケットやらどこかに何か、嘘じゃあないんだよって証拠が残っているものなんだけど、あいにく私のポケットは空っぽで、思いつく限りのどこを探っても、私が知っている花京院くんが残したであろうものは何も見つからなかった。
けれどそれは、花京院くんがゆうれいで、何も残せない存在だったからに違いないと私は勝手に思っている。もし今目の前にゆうれいの花京院くんがいたら、悪戯の成功した子供みたいな、私の大好きな顔で笑うのだろう。「何を呆けてるんだい?僕にからかわれたんだって気づいてないの?」と。
「……何考えてるの。」
僕といるのに、僕以外のこと?なんて花京院くんは膨れてみせる。ななこが話してって言ったくせに、と溜息をつく花京院くんは、やっぱり花京院くんだった。
花京院くんのことだよ、と答えたけれど、彼は納得がいかないみたい。……そんなの私だって、納得がいかないんだよ花京院くん。
目の前の、もう見慣れてしまった色の髪にそっと触れる。柔らかな感触がそこにあることを確かめるように指先で弄びながら、私は、彼の耳に光るチェリーにちいさく問いかけた。
「ねえ花京院くん?・・・ゆうれいって、信じる?」
君と暮らす。【完】
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bkm