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テーマ「推しとの恋」
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ブルー・ムーンに沈めた、

グラスの中の、わずか100ミリにも満たない液体は、私になにを告げようというのか。

「知っているかい?」

目の前のバンダナの男は、私の知っている傲慢で不遜な岸辺露伴とは異なる顔で私にグラスを差し出した。
青い液体の揺れるグラスとその顔を交互に眺めながら、そっと唇を開く。「…なにをですか」と落とした言葉は、この静かな空間の底まで落ちて行きそうだ。

「ブルームーン。『運命の恋』『叶わぬ恋』の意味がある」

「…このグラスに?」

そうだ、と露伴先生は言って、手を付けようとしない私に「飲めよ」と溜息を零した。細いグラスの足をそっと指先で捕まえる。間接照明のぼんやりとした光を受けて鈍く光る青は、レモンの味がした。

「…それで、なんだってこれを私に?」

暗にどっちの意味なんですか、と聞いたつもりだったんだけど、露伴先生は曖昧に笑って言葉を続けた。

「ブルームーンは、月でもある。」

「月でも? 空の月にも、ブルームーンっていうのがあるんですか?」

私の質問には答えない先生は、何を考えているのか。まぁあんなに難しい漫画を描く先生のややこしい思考回路なんて、私には分からなくて当然なんだろうけど。

「あぁ、青い月だ。ぼくはまだ見たことがない」

「…露伴先生にしては珍しいですね」

「…ぼくにだって、わからないことはあるさ」

突飛な格好のくせに、このバーの暗さがひどく似合うこの人は、もしかしてこのグラスの中身みたいな感情を持て余しているんじゃあないだろうか、なんて都合のいいことを思う。
リアリティを追求して蜘蛛まで舐めた(仗助くんから聞いたときはさすがにドン引きした)先生なら、青い月を求めてどこまでも行きそうなのに。

「…先生は、わかるまで追いかけちゃうと思ってました」

「…君はぼくを何だと思ってるんだ」

露伴先生は乾いた笑いを零すと、目の前のグラスを煽った。薄い琥珀色のそれは、私の目の前のブルームーンとは違う。

「先生は、なにを飲んでるんですか?」

「シャンディガフだよ」

こくりと動く喉元を見つめながら、「それにも意味が?」と問い掛ければ、先生はグラスを置きながら自嘲するみたいに言葉を返した。

「…『無駄なこと』さ」

「珍しいですね。」

無駄な経験なんて何一つない、と言いそうな彼が選ぶのが「無駄なこと」なんて、全くもってわからない。きょとんとした視線を向ければ、先生は私の目の前の空いたグラスに視線を落とし、メニューを差し出した。

「…次は、君が選べよ」

「…え、私カクテルなんて知りませんけど」

目の前に躍るカタカナの羅列に視線を落とす。パラパラとページをめくってみても、酔った頭にはなんにも入ってこない。

「…適当でいいだろ。どうせ君はなにを飲んだってわかんないんだろうから」

「失礼ですねそれ。…せめて「この店のカクテルはどれでもハズレはない」くらい言えないんですか」

まったく本当にこの人は、なんて思いながら顔を上げる。噛んだりしたら爆笑されるのは目に見えてるし、それを狙っている節もありそうだから、簡単な名前のものにしよう。

「…えっと、シェリーを」

「かしこまりました」

意味深な笑みを浮かべるバーテンダーは、後ろの棚を探しにその場を離れた。どうしてあんな顔を、と不思議に思って露伴先生を見れば、彼は珍しく顔を赤くして、驚いたように私を見ていた。

「…君は…知りもしないで」

「え? 何がですか?」

何か変な意味があるんだろうか。先生に問い掛ければ、「聞かない方がいいと思うぜ?」なんて気になることしか教えてくれない。

「お待たせしました」

「あの、このお酒の意味は、」

バーテンダーは曖昧な笑みを浮かべて「お連れ様にお聞きになった方がよろしいのでは」と言ったきり奥に引っ込んだ。

「露伴先生」

「…『今夜はあなたにすべてを捧げます』だ。」

狙ってやったならたいしたもんだけどな、と彼は笑って、「スペインのワインだよ」と続けた。私は目の前のグラスをそのまま露伴先生の元に滑らせる。泡のない、わずかな重みのある水面がたぷりと揺れた。

「…なんだよ、ななこ」

「…これは……わたしから、先生に」

頬が熱いのは、ブルームーンのせいだ。無駄なこと、なんて試す前から決めるのは岸辺露伴らしくない。どっちの意味だったとしても、私はきっと後悔しない。

いろんな気持ちが綯い交ぜになって、アルコールに溶けている。

「……バカなのか君は」

「ブルームーンの、どっちの意味かは…味を見てから決めてもいいと思うんです」

蜘蛛まで舐めた岸辺露伴がまさか怖気付いたりしませんよね? と笑みを零せば、先生はムッとした顔で「ぼくを誰だと思ってるんだ」と私を睨め付けた。

「後悔しても知らないからな」

先生は勢いよくグラスを煽ると、私の手を掴む。
グラスの底にわずかに残るブルームーンが、驚く私の顔を映しているような気がして、思わず目を閉じた。


20170819

ブルー・ムーンに沈めた、
冷麺さんに素敵なタイトルいただきました!!!ありがとうございます!


萌えたらぜひ拍手を!


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bkm