承太郎と花京院がななこちゃんを学生らしく取り合い(と言いつつ実際は主に花京院がやりたい放題)する話。
「おはようななこ、今日も可愛いね。」
「…おはよ。朝からからかわないでくれる?」
花京院は今日も意地悪だ。やめてよね、と言いながらぷいっと顔を背けた先には承太郎がいた。
「よぉ。相変わらずだな。」
「…なんとかしてよ。心臓に悪いったらない。」
「花京院は事実を言っているだけだろうが。」
「…ッ!承太郎まで!いじわる!」
すたすたと足早に去ろうと思ったのに、両隣にいる彼らはそのリーチの長さでもってあっさりと追いつく。腕がぶつかってしまいそうなほど近くを歩かれて、なんだか閉塞感。
「…ねぇななこ。こんなに毎日言ってるのに、まだ冗談だと思ってる?」
「…そりゃ当たり前でしょ。」
「いつも言ってるけどさぁ、本気だよ?」
爽やかな朝にふさわしい笑顔を向けられるけれど、どうにも信憑性に欠ける。花京院はなんていうか、胡散臭い。本人に言ったら心外だなぁなんて呑気に笑っていたけれど。
「じょうたろー、花京院が気色悪い。」
「いつもじゃあねえか。」
「なんか二人ともひどくないかい!?」
軽口を叩き合って登校するのは楽しい。
ここに至るまでには幾多の困難があったのだけれど(それは彼らのエジプト行きだけではなく私の日常が彼らのファンに脅かされたことも含めて)、それを超えたからこその楽しさだと思うと自然と私の頬も緩むわけで。
「天気もいいし、屋上日和だね。」
「ななこは不良だなぁ。」
そんな清楚っぽい普通のカッコしてるくせに、と花京院が笑う。そりゃあ承太郎や花京院みたいにあからさまに変な格好(失礼)じゃあないから並んだら私が余程まともに見えるだけだ。それを普通って…私だって私なりのオシャレがあるんだよ!まぁそれを清楚と評されるのは悪い気はしないけど。
「…花京院は行かないんだね!!行こう、承太郎!」
ワザとらしくぷいっと顔を背けて、屋上に向かって走り出す。承太郎は楽しげに「やれやれだぜ」と歩く速度を上げ、花京院は「待ってよ僕も行くって!」と慌てて追いかけてきた。そうしていつの間にか競争みたいになって、どたどたと屋上に着く頃にはみんな息が上がっていた。
「…ちょ、なんで途中から競争…っ、」
「ななこは意外に足が速いんだね。」
腰を下ろして、カバンから水筒を取り出す。二人は軽く走っただけかもしれないけど、私が追いつくには全力ダッシュだよ。と不満を述べると、絶対にそんなこと思ってないみたいな謝罪が零される。
「悪いな。」
言葉とともにひょいと手元の水分が奪われた。どうやら謝罪ではなく、これに対しての礼だったらしい。
「ひどいよ承太郎。」
「もう飲んじまったぜ。」
ごちそーさん、とあっさり言われて溜息が出る。さも当然といった調子になんだか怒る気が失せてしまうのは、私が甘いんだろうか。
「しょーがないなぁ。」
「…ななこはホント、承太郎に甘いよね。」
花京院は呑気に自分の持ってきたお茶を飲んでいる。二人ともマイペースだなぁと呟いたら、ななこもでしょ。と小突かれた。
「…なんで二人して私に構うのさ。」
「好きだからだよ。…ねぇ承太郎。」
「…あぁ。悪い虫がつかねえようにだ。」
二人して私をからかって、何が楽しいのか。熱くなる頬を太陽のせいにしたくて、私は空を仰いだ。雲なんて一つもない、一面の青。
「…からかわないでってば。…本気にしそうだから…」
ぽつりと零してみる。これだけ言われたらいい加減本気なんじゃあないかって期待も浮かぶわけで。そんな夢みたいなことあっちゃいけないって私の理性は一体いつまで持つんだろう。
「…ななこはさぁ、僕と承太郎だったら、…どっちと恋人になりたい?」
試すような視線が送られているのを感じるから、花京院の方を向けない。私は空を見上げたまま、視線を泳がせた。くるりと瞳を回してみても、ただひたすらにスカイブルー。
「…んー…考えたことないなぁ。」
三人じゃあなくて、二人。そうしたら、私はどんな顔で何を話したらいいんだろうか。その状況でないからわからないけれど、今と同じように笑えるんだろうか。
「…考えさせてあげよっか。」
「…ぅわ!」
ドン、と衝撃が走って、揺れる視界はスカイブルーから黒に。硬いウールが頬を擦る感触とその向こうの人間の柔らかさで、承太郎に向かって突き飛ばされたことを知る。勢い良くぶつかったにも関わらず、承太郎は難なく私を抱き止めた。
「…ちょ、ッ!?」
「…なんだ。」
「なんだじゃないよ!それ私の台詞だよ!」
慌てて起き上がろうとしたのに、承太郎の腕が身体に回されて身動きが取れない。なにこれどういうこと?花京院の笑い声が憎い。なんだよノォホホって。
鼓動が速くて、承太郎に聞こえちゃうんじゃあないかと思うと居ても立ってもいられない。こんなの恥ずかしすぎる。
「…急に静かになったな。」
耳許で声が聞こえて、ぞくりと背が震えた。他人の声をこんなに近くで聞いたことなんてない。こんな気持ちになったことだって、ない。
「…ななこ?…大丈夫かい?」
刺激的過ぎた?なんて呑気に笑って近付いてくるから、思いっきり睨み付けてやった。
「…君ってば真っ赤じゃあないか!」
花京院が囃し立てるように言うもんだから、更に顔が熱くなる。
「…そりゃあこんな状況で赤面しない女子高生がいたらそれは石仮面だよ!」
精一杯の虚勢でもってそう返せば、承太郎は淡々と「鉄仮面だろ。…吸血鬼にでもなる気かテメエは。」なんてツッコミを入れてくる。いやなんだよ吸血鬼って。承太郎のが意味わかんないじゃん。
「…承太郎、そろそろ代わってよ。」
パニックに陥る私は、まるで宅配の荷物のように承太郎から花京院に渡される。花京院なら逃げられるかもとバタついてみたところで、彼の腕からも逃げられはしなかった。柔和なのは態度だけ(しかも外ヅラだ!)で、彼の体躯も一般人とは言い難いのだ。
「…で、どっちがいい?」
今度は花京院に耳許で囁かれる。どっち、なんて考えたこともないし考えたくもない。けれどいつかは、そう、いつかはこの学校から卒業してしまうんだから、ずっと三人で、なんていうのは夢でしかないのかもしれないけど。
「…は、な、し、てッ!」
頬の熱を振り払うように、私は花京院の胸元に思いっきり頭突きする。彼はびっくりして、私を抱いていた手を緩めた。すかさず身体を離し、立ち上がる。
「…ッ…頭突きはさぁ…抱き締められてる女の子の技じゃあないよ…」
相当痛かったらしい花京院は、自分の胸を撫でている。ざまあみろ。
私は二人にびしりと人差し指を突きつけた。
「…そんなに揶揄いたいなら受けて立つ!」
どうせ私の反応が面白いとかそんなんだろうし、本気だって言うなら、私を信じさせてほしい。
高らかに宣言する私を見て、承太郎がのっそりと立ち上がる。
「…要はテメエを惚れさせりゃあいいってことだな。」
「そういうことなら、僕だって負けないから!」
なにをどうしたらそういう解釈になるのか理解できないけれど、二人はなにやら納得したように頷き合っている。
なんだかよくわからない闘いが始まってしまったような気がして、私は早くもさっきの言葉を撤回したい衝動に駆られた。
20160317