「…緊張してる?」
「…ん。」
空條、と書かれた表札を眺めながら戸惑う私に花京院くんが声を掛ける。正直心臓がうるさくて返事どころじゃあない。
「承太郎!僕だよ!」
花京院くんが大声を出すもんだからビックリして隣に顔を向けた。不安げな私に気付いたのか彼は「心配しなくても大丈夫。」と笑顔を向けてくれたけど、心配するなという方が無理な話だし、そもそもそういう次元の問題でもないと思う。
「…よお花京院。」
玉砂利を踏む足音と共に耳触りのいい低い声がこちらに向かってきた。私は横を向いたまま、彼を見ることができないでいる。だって、今から私は。
「…ななこってばなんか、すごい緊張してるみたいなんだ。可愛いよね。」
なんとも呑気な花京院くんの声が憎らしい。空条くんは緊張する私を見て、「まあなんだ。…とりあえず入れ」と少しばかり困惑した声をかけた。彼だって花京院くんの頼みとはいえ私なんかを抱くのは不本意だろうなと思う。お邪魔します、と言いたかったのだけれど、緊張に震える唇はなんの言葉も零さなかった。
*****
「…ホリィさんは?」
「出掛けた。夜まで戻らねーぜ。」
「そっか。なら丁度いいね。」
二人は慣れた様子で廊下を歩いていく。広い日本家屋に驚いたけれどあまりキョロキョロするのも失礼だと思った私は、ただ彼らの背中を追いかける。通された部屋は空条くんのものなのだろうか、昼間だというのにきっちりと敷かれた布団が気になって仕方ない。私達が部屋に入ると空条くんはお茶を入れてくると部屋を出て行った。所在なく座る私に、花京院くんが言う。
「…ねぇ、ななこ。好きだよ。」
「…か、きょういん…くん…」
上手く声が出せない。唇からは声じゃあなくて心臓が飛び出してしまいそうだ。空条くんも花京院くんも、私を抱くつもりでこの家に招いているんだ。私も、抱かれるのが分かっていてここに来ている。それなのにこの部屋でお茶なんて戴いて何を話せと言うのだろう。そもそも私は空条くんを良く知らない。
悶々と悩む私をよそに、花京院くんは幸せそうな顔で私に口付けた。と言っても触れられないから感触はないのだけれど。彼は悲しさを僅かに含んだ瞳で何度も私に近付いた。静かに瞳を閉じてみたけれど、目を閉じてしまえば何もないのと同じだった。
「…あ、承太郎。」
「…おう。」
襖の開く音がして、瞼を持ち上げる。花京院くんはいつの間にか普通に私の隣に座っていた。
とりあえず飲め、とコップを渡されたので言われるままに喉を潤す。冷たいお茶はドキドキ鳴る心臓を少しだけ落ち着かせてくれた。
「…二人とも、ありがとう。」
花京院くんがかしこまった様子で頭を下げた。どうしていいか分からずに空条くんを見ると、彼もまた戸惑いの最中にいるようだった。
「野暮なことは言いっこなしだ。」
空条くんは誰にもとなくそう言って、私の肩をその大きな手で掴んだ。
「…取って喰いやしねえよ。…いや、喰うのか。」
びくりと震える私を見てそんなことを言う空条くん。冗談のつもりなんだろうけど、この状況では悪趣味すぎるよ。
20160723
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