露伴先生はゴキゲンナナメだ。
理由は、私がタバコを吸ったから。
人間、快楽には抗い難く作られているもので、露伴先生の家で初めて吸ったタバコの気持ち良さが忘れられなかった。
夜風の寂しさも手伝って、ついコンビニで手に取ってそのまま喫煙所に座っているところを塾帰りの康一くんに見られてしまって。
「…そんなに寂しかったらうちに来れば良かっただろ。」
露伴先生は怒りを露わにしたままそう一言零したきり。
「…ごめんなさい先生。もうしないから…ね?」
謝っても聞いているのかいないのか、机に向かってドシュドシュとインクを飛ばしている。
仕事中に声を掛けるのは露伴先生が機嫌のいい時でも憚られるので、私は諦めて大人しく露伴先生の部屋を後にした。
どうしたら許してもらえるのか、ない頭を振り絞って考える。夕食でも作ったら、食べながら謝罪を聞いてくれるだろうか。
冷蔵庫を開けて、何か作れそうなものを考える。挽き肉と卵でオムレツでも作ろうか。
あと1時間もすれば、先生はリビングに降りてくるだろう。
私は夕食を作るべく、冷蔵庫の扉に手を伸ばした。
*****
「…せんせ、お疲れ様。…ごはん、作ったんだけど…」
相変わらずムスッとしたままの露伴先生にそう言えば、黙ったまま食卓に座る。
どうやら食べてはくれるみたいだ。
ケチャップで「ゴメン」と書いたオムレツを、先生の前にそっと差し出す。
少しだけ驚いたような顔をしたけれど、そのまま小さく「いただきます。」と言って、それでおしまい。
怒っていても食事に対して礼を尽くす先生は、きっと育ちがいいんだろうなと思う。
二人とも黙ったまま、食事が終わる。
先生はちゃんと「ごちそうさま」と言って、自分の食器を片付ける。
私は慌ててお皿に残ったオムレツを口に入れた。むごむごとごちそうさまをして、お皿を片手に露伴先生を追いかける。
「へんへ、ごめんってー。」
「口の中に食べ物を入れたまま喋るな。」
「…むぐ…。」
「…洗うから貸せよ。」
私からお皿を受け取ると、露伴先生は食器を洗い始めた。がちゃがちゃと鳴る食器が不機嫌さを伝えている気がして、どうやったら許してもらえるんだろうかと、私はまた頭を悩ませた。
*****
お風呂に入ってる時なら、リラックスして怒りも収まるかも。
そう思って、入浴中の露伴先生の所に向かう。
「…ねぇせんせ、入ってもいい?」
声をかけても返事はない。
どうしようか少し悩んだけれど、入ることにした。邪魔に思われても平気なくらい、露伴先生の家のお風呂は広いから。
「…露伴先生。ごめんなさい…」
露伴先生は私に背を向けて身体を洗っている。そっと近付いて、泡のついた背中に抱きついた。
「…邪魔するなよ。」
ゴシゴシとタオルを身体にすべらせながら、露伴先生は言う。お風呂場なのでその声はよく響き、私にさらなるダメージを与えた。
「うぅ、ごめんなさい…」
身体を離して、くっついた泡をそっと流す。
仕方ないのでこのまま入ってしまおうと、ぽちゃんと湯船に浸かった。
「…いつもなら、恥ずかしいから嫌だって言う癖に。」
洗い終わった露伴先生が入って、水面がゆらゆら揺れる。
「そんなことより…謝る方が先だもん…」
「…フン。大したもんだな。」
ぱしゃりとお湯が掛けられる。
まだ許してくれるつもりはないらしい。
「…ねえせんせ、許して…」
水面を揺らしながらそっと近づいて、露伴先生に口付けた。
「…君は、それでぼくが許すと思っているのか?」
「だって、これくらいしか…思いつかないから…」
露伴先生に誘われても、どうしても恥ずかしくて一緒には入れなかったお風呂に一緒に入ってるってところで私の反省具合を測ってくれないかな、なんて。
「…で?」
先生はちらりと横目で私を見ながら、そう一言だけ。
「…で、って…だから、ごめんなさい先生。もうしない…」
「…態度で示してくれるんだろ?」
意地悪く笑う露伴先生は、暗にその先を促しているようだった。
「えと、じゃあ…ここに、座って、もらえますか…」
浴槽の縁に触れれば、先生は「楽しみだなぁ」なんて笑って、そこに腰掛ける。
期待しているのか頭を擡げ始めている露伴先生のそれに、おそるおそる唇を寄せた。
「ん、」
お風呂のせいか暖かくなっている。口付けていくうちにどんどん形が変わっていく。
響くリップ音と水音も、明るいところで見る露伴先生も、なんだか酷く煽情的だった。
「…っ、ふ…」
露伴先生が小さく漏らす声も、私の鼻から抜ける吐息も、全部が反響して耳に届いてしまう。こんなところで、自分からなんて。
明るいところで見られているのも恥ずかしくて、露伴先生から見えないように深く咥え込んだ。
「…随分と積極的だな。…そんなに、僕が怒るのが嫌か?」
「…うんッ、せんせ…いつもの先生が…いい…」
こくこくと首を振ると、口の中で擦れたのか露伴先生が声を上げた。
「…っ、もう…いいから。許してやるよ。」
誤魔化すようにそう言うと、先生は私の唇を離させて、ちゃぷりとお湯に浸かる。
私の身体を抱き寄せると、座った自分の上に乗せた。
「…っ、せんせぇ…」
「…もう濡れてるのか。」
長い指がするりと私を撫で上げる。
羞恥とよく響く露伴先生の声は私を興奮させるには十分過ぎるほどで、それを指摘されて、身体がカッと熱くなる。
「…先生、の、せいです…」
ぎゅっと抱き着くと、先生は濡らしもせずに私を押し開く。
圧迫感は強いものの痛みはなく、私はいったいどれだけ濡れていたんだろうかと頭の片隅で考えた。すぐに快楽で掻き消されてしまったけれど。
「…すごいな、慣らさなくても大丈夫なんて。」
「…っあ…ぅ、や、言わ、ないで…ッ…」
耳元で囁かれたはずの言葉が、壁に反響して水面に吸い込まれる。まるで肌から音が入ってくるみたいに、自分のみっともない声と露伴先生の声に包まれて、それだけで頭がおかしくなりそうだった。
「なぁ、ッすごい…音、響いてるぜ?」
「そ、んなのッ…知らなあっ、あ…」
必死でしがみついていないと、溺れてしまいそうだ。普段とはあまりに違う感覚に、あっさりと上り詰めてしまう。
「…や、だっ、ああっ、あっ、や…ぁっ…!」
「…ななこっ、」
びくびくと震える腰を押さえつけるようにして、露伴先生も私の中で果てた。
「っふ、…あ…せんせ…」
くったりと身体を預けると、先生は大丈夫か?といつもみたいに私を見る。
いつも通りの優しい視線に、心底ホッとした。
「本当は、最初のケチャップの時点で怒りなんてどこかに行ってた。」
先生は私の濡れた髪を撫でなから、言葉を続ける。
「…え、ケチャップ…?」
「…書いただろ?オムレツに。…次は君が何をするのかと思ったら、見てみるのも悪くないと思ったんだが…まさかここまでしてくれるなんてな。」
先生がそう言って笑うので、思わず顔が赤くなる。
「せんせーの意地悪!もう知らない!」
ばしゃりとお湯を掛けると、先生は間抜けな声を上げたけどもう知らない。
次に喧嘩をしたときには私も怒ったふりをしようと誓って、私はお風呂場を後にした。
タバコなんかよりずっと、お風呂での行為にハマってしまいそうだと思ったのは、先生には内緒にしておこう。
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bkm