落ち着いた声が好き。黒い肌が好き。
焦がれるような気持ちはなくても、この凪いだ海みたいなさざめきは、恋と呼んでもいいに違いない。
「不思議。」
「何がかな?」
私の溜息に気付いて、アブドゥルさんが振り返る。振り返った彼は、当たり前だけどいつもと変わらず浅黒い肌をしている。
「アブドゥルさんの肌の色…あ、人種差別とかそういうんじゃなくてね?…こんなに違うんだな、って思って。」
そう言って歩み寄ると、彼は不思議そうな顔で私を見た。
「ななこと違うというのなら、ポルナレフだってそうだろう?」
なぜポルナレフに聞かないんだ、とでも言いたげな顔をしている。確かに私が一番仲良しなのはアブドゥルさんではなくポルナレフだ。歳だってポルナレフの方が近いから、私がわざわざアブドゥルさんに話しかけてこんなことを言うのが彼には不思議なのだろう。
「ポルナレフの肌はねぇ、ちょっと怖い。」
「…どうして?」
私の答えを聞いて、彼は眉間のシワを深くする。普段落ち着いているアブドゥルさんが悩んだ様子を見せると、まるで大事件でも起こったみたいだなと思って失笑する。大した話ではないのに、元来の真面目さからか彼は私の言葉の意図を真剣に考えてくれているようだった。
「え?だって、透けて見えるじゃない。」
「…あぁ、血管か。」
流石占い師なんて仕事をしていただけあって察しがいい。私はこくりと頷きながら、言葉を続けた。
「私、自分の肌も好きじゃないもの。…アブドゥルさんの肌はね、綺麗。」
「初めて言われたな。」
自分の手首の内側に、太腿に、首筋に見える青白い線が怖い。こんな旅をする前はちっとも気にしたことがなかった。薄い皮膚の下、命の脈打つ幾筋もの血管。少し抉るだけで、きっと私は簡単に死んでしまうのだ。
「…日焼けしているわけでもないの?」
「そりゃあ、多少は日焼けもあるだろうが…」
私が日に焼けたって、赤くなって皮が剥けておしまい。アブドゥルさんみたいにはなれない。彼の皮膚は、その意思のように気高く、強いに違いないと私は思う。
「私も、アブドゥルさんみたいな肌が良かったな。」
そう言ってアブドゥルさんを見ると、彼は少しばかり困ったような顔をして、私の手を取った。重ねて見ると、同じ人間かと思うほどに色が違う。
「わたしは…いいと思うのだが…」
照れたように頬を掻きながら、アブドゥルさんは言う。そうして私の手をひっくり返して、手相を見るときみたいに真剣な視線を向ける。まるで肌の下の血管を探しているようだ。
「…ズルい。」
「…どうした、ななこ。」
こんな、こんな状況になって照れるなって方が無理な話で。そりゃあアブドゥルさんは占い師だし、他人の手に触れることなんてなんでもないのかもしれないけど、私は違うから。
「アブドゥルさんは…照れたって赤くならないから、ズルい!」
「赤くならないわけでは…。ななこは真っ赤だな。」
困った顔でこちらを見た彼は、私の顔を見ると心底楽しげに笑って、髪をそっと撫でた。彼の大きな手で撫でられる感触に頬が熱くなるのがわかる。きっと私は彼のスタンドよりも赤いんじゃあないだろうか。
「…からかわないで!」
「…わたしがポルナレフのような肌だったら、ななこの前にはいられないかもしれないな。」
いつもの淡々した調子だけれど、心無しか頬が赤いような気がする。確かめるために私は、アブドゥルさんに握られていない方の手を彼の頬に添えた。
「それは、照れてるってことでいいですか。」
「…こら。からかうんじゃあない。」
触れた頬は私の手よりも全然熱くて、なんだか嬉しくなる。大人でクールな彼の、違う一面を見られたっていう小さな優越感。
「…おあいこです。」
そう言って笑うと、彼は仕方ないなと言った風に微笑み返して、掴んでいた私の手を両手で包んだ。そうして手相を見るときのように目の前に開かせる。
「…折角だ。占ってしんぜよう。…お嬢さん、何か悩みは?」
「…じゃあ、恋の悩みを聞いてくれますか。」
このまま「貴方が好きです」と言ってみたらアブドゥルさんの頬は赤くなるだろうか、なんて思いながら、いつの間にか冷静な「占い師」の顔に戻ってしまった彼を眺めた。
20121230
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bkm