夢主ちゃんが手作り弁当を持っていって、海でのんびりデートする話
「ジョースターさん、私とデートしませんか。」
勇気を出して誘った私の言葉は、想像以上に幸せそうなジョースターさんの笑顔に受け止められた。
「なんじゃ、こんなジジイと出掛けて楽しいのか?」
「楽しいから誘ってます!」
若い子とデートなんて楽しみじゃのー、なんて冗談交じりな返事をする悪戯っ子みたいな笑顔は、承太郎のおじいちゃんなんて言われても俄かには信じがたいほど年齢を感じさせない。
出会ったときは人当たりのいい優しい人だなと思った。承太郎に似ているキリッとした端正な顔立ちが、彼の性格によって柔和な印象に変換される。話しやすいな、と思っていたけれど、仲良くなってみればなかなかどうして喰えないジジイで、私はジョースターさんといると頬が痛くなりそうなほど笑ってばかりいる。
「…承太郎には内緒にするんじゃよ?」
「…ふふっ、もちろんです!」
囁くように笑うから、こちらも息を潜めて返す。冗談のような駆け引きのような会話が、私の心を踊らせる。ジョースターさんの昔話は荒唐無稽なことばかりで、私は果たしてそれを信じていいのかと悩んでしまう。けれど悩んでも答えなんて出ないから、いつも最後には半分だけ信じようと決めるんだ。だから今回の「デート」も、半分は本気で、半分は冗談。
*****
海が見たい、と言ったのは果たしてどちらだっただろうか。私たちはお弁当を持って浜辺を散歩している。波打ち際に貝殻を見つけて拾い上げて寄せる波で砂を落とせば、冷たい海水に浸かった指先がぴりりと痛んだ。
「冷たい。」
「そりゃあまだ海水浴には早すぎるじゃろ。」
この海が温かくなる頃にはジョースターさんはいないかもしれないけど。そんなことは考えたくなくて、私は努めて明るく言葉を紡ぐ。
「夏になったら、みんなで泳げますかねぇ?」
「ななこの水着姿が楽しみだのー。」
明るい返事に安堵して、ジョースターさんは泳げるんですか?と返すと彼は笑った。
「塩水で義手の調子が悪くなるかもな?」
「左手から沈んでいくなんて笑えませんよ。」
くすくすと笑ったところで、そういえばジョースターさんは義手だったなぁと思う。イタリアで最強生物と戦った時の名誉の負傷だと言っていたけれど、まぁとんでもない話で本当にそんな生き物がいたのかも、波紋とかいう謎の力も私には到底理解出来そうにない。スタンドだって、念写を目の前で見せてもらうまで信じていなかった。今も彼のイタズラじゃあないかって少しばかり疑っているけれど、あの承太郎が真面目にスタンドの話をするから、まぁ本当なのかなぁ…?って思う。みんなで私をからかっているとしたらあんまりな話だ。
「…腹が減ったのー、ななこ。」
お弁当、手作りしますね、なんて言ったせいかジョースターさんはお昼より大分早い時間にそんなことを言い始めた。
少し早いけどいいですかと問えば聞き終わるより早く肯定の声が返ってくる。二人で食べられそうな場所を探して、仲良く並んでお弁当を広げた。
*****
「OH MY GOD!」
ジョースターさんが驚きの声をあげた理由がわからずぽかんと見つめれば、彼の視線は蓋の開いたお弁当箱に注がれていた。嫌いな食べ物でも入れてしまったかしらと不安になったのも束の間、ジョースターさんは称賛の声を上げた。
「ななこ、なんじゃあこれは!」
「何って…お弁当ですけど。」
指差す先はごくごく普通のお弁当。唐揚げと卵焼きにブロッコリー、ウインナーにプチトマト。デザートのリンゴはもちろんウサギ型。「お弁当」と言われて誰もが頭に浮かぶ具材の正統派だ。何か特別なことがあるかと言えば、外で食べるからごはんじゃなくておにぎりにしたってことと、お箸の代わりにフォークを持ってきたってことくらい。だからジョースターさんの驚くことなんてなんにもないのに。
「…日本の弁当はこんなに綺麗なのか?」
なんて驚いている。言われてみれば確かに、赤、緑、黄色に白黒と美味しそうな色合いではある。
「…アメリカは違うんですか?」
「…なんというか、もっと豪快じゃ。」
パスタがみっちり詰まったお弁当やら、サンドイッチ(それも日本みたいな食パンじゃない大きいやつ)だと言われて、逆に想像がつかないでいる私をよそに「すごいな、こいつはタコか?」なんて言いながら指先でウインナーを一つ摘み上げて、行儀悪く口に放り込んでいる。
「フォークありますから!」
「…ハシが使えないと思っとるな?」
私が慌ててそう言うとジョースターさんはじろりとこちらを見た。お箸が使えないのでは、という予想だったのだけど、そんなことないのかと驚いて言葉を返す。
「…使えるんですか?」
「…使えん。」
ありがとう、格好悪い所を見せずに済んで助かった。なんておどけながらジョースターさんは私からフォークを受け取った。
そして日本のお弁当がいかに繊細かをとっくりと語りながら、次々とおかずを口に運んでいく。
「…それは、私が褒められてるって思ってもいいですよね!」
「勿論じゃ。」
お喋りしながら食べる食事は美味しくて、目の前の水平線は、どこまでも真っ直ぐだった。海と私とジョースターさんしかいないみたいな景色に、不意に心が痛んだ。
「…ねぇ、ジョースターさん。…この海の向こうに、エア・サプレーナ島があるんですか。」
「…まぁ、そうじゃな。」
私の声のトーンが落ちたことに気づいたのか、ジョースターさんはこちらを伺うような返事をする。
私はジョースターさんの話を、多分全部覚えてる。イタリアのエア・サプレーナ島で、若い頃、修行をしたって言っていた。
「この海の向こうに、エジプトがあるんですか。」
「…あぁ。」
承太郎たちと、DIOって人との因縁を絶つために、エジプトのカイロに向かった話も聞いた。エジプトって一体どんなところなんだろうか。私は日本から出たことなんてないからわからない。思考を巡らせながらおにぎりを飲み込んだせいか、鼻の奥が痛い。
「…この海の向こうに…、スージーさんが…ッ…いるんですか…」
私の知らないジョースターさんは、全部ぜんぶこの海の向こう側にいるんだって思ったら、涙が溢れて止まらなくなった。
ジョースターさんは私の方をちらりと見て、あんまり泣くと海が益々塩辛くなるぞい、と笑った。
いつもなら、きっと勢い良く涙を拭って「そうですね!」と笑えたんだろう。けれどこの広い海を目の前にしてしまったら、自分があんまりちっぽけすぎて、何を拠り所にすればいいのかさえわからない。
からかい交じりの励ましを含んだその言葉を聞いたって何も返せずにただしゃくりあげるだけの私を見て、ジョースターさんは困った顔で少しばかり考えるそぶりを見せた。そうして、冷たい左手で私の涙を拭う。指先が目尻をそっと撫でるたびに、ジョースターさんの手袋の色が少しだけ濃くなる。
「…わしの義手が壊れないうちに、泣き止んでくれよ…ななこ。」
溺れたら困るじゃろ?なんて、口説き文句に聞こえる冗談はやめて欲しい。
「…ジョースターさんは…ッ、海の向こうに…かえっちゃうんですか…」
絞り出した言葉はあまりに悲しくて、言い切る前に嗚咽に変わる。ジョースターさんは困ったように何度も私の頬を撫でた。
「…ななこはまだ若い。こんなジジイより、もっとずっと素敵な人に逢えるから。」
「…や、です…ッ…」
ふるふると首を振れば、髪が一筋頬に張り付いた。ジョースターさんはその髪をそっと耳にかけ、そのまま首筋から背中に腕を滑らせて私を抱きしめた。
「…泣かないでくれ…」
「…じょ、ーすた、…さんっ…」
力強い手にぽんぽんと優しく背中を撫でられて、少しずつ、潮が引いていくように落ち着きを取り戻す私。ぐすぐすと鼻を啜りながら呼吸を落ち着けていると、急にこの体勢が恥ずかしくなる。
「…すみません、も…大丈夫…」
逃れようと身を捩ったけれど、がっしりとした腕は私を離してはくれなくて。
「…泣かせた責任は、わしにあるんじゃろ。」
「…そりゃあ…、でもっ、私が勝手に…」
「じゃあこれは、「わしが勝手に」することじゃ。」
そう言って額に口付けを一つ。
「…次にお前は、『どうして、』と言う。」
「…どうして、…ッ…」
すっかりジョースターさんのペースに嵌められてしまった私は、頬を赤くして俯くしかなかった。
「…あと何十年か若かったらよかったのに、と思ったから。」
ああもうそんな口説き文句ズルい。孫までいるくせに、私みたいな子供をからかって。
「…大人のくせに、そんなのズルいです。」
「だったら、騙されないように女を磨くことじゃな。」
悪いジジイもいることだしのぉ、なんて笑う姿は、本当に魅力的だと思う。ジョースターさんになら遊ばれたっていいと言ったら、彼は怒るのだろうか。
「…じゃあ、一回だけ…練習、させてください。」
ブルーグリーンの瞳を見つめると、それはまるで海みたいに静かに私を見つめ返している。吸い込まれそうなほど、深い、海の色。
「…一回だけ、な。」
最初で最後の口付けは、海の味がした。
20160218
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bkm