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危急存亡の秋

「おいじじい。近過ぎるんじゃあねえか。」

「そんなこと言ったってのぉ、仕方ないじゃろ。なぁななこ?」

狭い車内に大人が5人。そのうち4人がガタイのいい男。そりゃあ私が後部座席の真ん中なのは仕方ない。隣とぴったりくっついてしまうことだって、不可抗力だ。

「…うん。」

「…若い男女がくっつくわけにもいかんじゃろ。」

そう言って、ジョースターさんは更に私を引き寄せた。抵抗するのも不自然な気がしてなすがままになっているけど、驚くほどぴったりとくっついてしまっていて正直心臓に悪い。

「もーすぐだからよォ、我慢しろって、な?」

「そうですよ承太郎。もうすぐ街なんですから。」

ハンドルを持つポルナレフと助手席の花京院くんが助け舟を出してくれた。この状況は仕方ないと、前の二人はそう思っている。

承太郎だけがイライラと、タバコの箱を開けたり閉めたりしていた。

*****

「着いたぜェ!」

「ポルナレフ、運転お疲れ様。」

「俺も後ろでななこにくっつきたかったなぁ。」

車を降りて各々身体を伸ばす。
ポルナレフはずっと運転していたにも関わらず軽口を叩くほど元気だ。まぁ確かに珍しく平和な道中だったと思うけど。それでもあの狭い車内に押し込められているのは息が詰まる。

「今日は随分ちゃんとしたホテルですね。」

花京院くんが驚いたように呟く。言われてみれば確かに立派なホテルだ。これならゆっくりお風呂に入れるかと期待に頬が緩む。みんな同じように考えているらしく、早く休もうぜとばかりにいそいそと建物に入った。

「たまには一人がいいじゃろ。」

「何かあったらどうする。」

「承太郎ー、気にし過ぎじゃあねーのかぁ?」

「わ、わたし一人部屋がいい!ゆっくりお風呂に入りたい!」

フロントでそんなごたごたがあったものの、たまにはゆっくりしたいとみんなの意見は一致して、一人部屋になった。スタンド使いとの戦いで日本にいたときの常識なんてものはとうに忘れたような気がしていたけど、危ないからとワンフロア貸し切られて驚く。どうやら私の金銭感覚はまだ庶民のままらしい。

「何かあったら呼べ。」

「ありがと承太郎。」

何かあったときのために、と隣室は承太郎とジョースターさん。これなら何かあっても安心だと、久しぶりにのんびりとした気持ちでシャワールームを覗いた。

「…浴槽が、ない。」

ショック。なんてことなんだろう。
たしかに日本とは文化が違うんだろうけど、シャワーしかないとか、いやシャワーがあるだけいいんだろうかとか、ちょっとパニックしてしまってよくわからない。

とりあえずシャワーを浴びて落ち着こうと思う。

*****

「…はー。サッパリした。」

髪を無造作に拭きながら、ベッドに飛び込む。とりあえずホコリは落ちたし、気分転換もできた。

「でもお風呂に入りたかったなぁ…」

下着姿でごろごろしていると、ノックの音が聞こえた。慌てて手近な服を引っ掴んで袖を通した。

「はーい!ちょっと待ってー!!!」

タオルを被ったまんま扉の前に立つと、ジョースターさんの声が聞こえた。
念のためチェーンは掛けたまま扉を開ける。用心していないと怒られてしまうから。

「ちょっと入れてくれんかの?」

「いいですよー。」

目の前のジョースターさんが本人であることを確認して、チェーンを外す。彼は何故だかダンボールとビニール袋を持っていた。
なんですか?と首を傾げる私に向かって、ジョースターさんは悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

「ななこにプレゼントがあって来たんじゃ。」

そう言うと、ダンボールを床に落とす。抱えるほどの大きさのそれは見た目に反して軽い音を立てて絨毯の上に転がった。

「空っぽじゃあないですか。」

「これがいいんじゃよ。」

そう言うとダンボールの中にビニール袋を被せて、私をベッドに座って待つように促してから浴室に向かった。状況がわからずにただ座っているだけの私の前に、お湯の入ったダンボールを抱えたジョースターさん。

「ほれ、ななこ。足。」

「あし…?きゃっ!」

足を掴まれてダンボールの中に沈められる。ビニール袋のお陰でそこは小さな浴槽になっていた。疲れた足にお湯が心地いい。私は思わず溜息をついた。

「はー…。すごい気持ちいい!ありがとうジョースターさん!」

「浴槽があれば一番だったんじゃがのぉ。」

ジョースターさんは満足そうに笑うと、私の隣に腰掛けた。さっき車に乗っていた時くらい近い。ベッドはそんなに狭くないのに。

「え?…あの、」

「…これで逃げられない。」

お湯が零れたら困るじゃろ?と耳許で囁いて、彼は私を抱きしめた。

「じょー、すたーさんッ!」

「…隣は確か…承太郎か。あいつは案外、気付いてるかもしれないな?」

承太郎、と言われて思わず唇を噛む。
身内であるジョースターさんには、奥さんも子供も、孫まで(ってそれが承太郎だけど)いるっていうのに。こんなのバレたら私、承太郎に顔向けできない。友達と身内だったら、そりゃあ身内が大事だろう。

「…承太郎の名前は…出さないでください…」

俯いてしまった私を、彼の優しい瞳が覗き込む。「悪いジジイに誑かされてるのに、ななこは優しいのぉ。」なんて、悪戯っ子みたいに笑いながら。

「わしのせいにすればいいのに。」

「そんなことできませんッ!…私…ジョースターさんのこと…」

ジョセフに会って、焦がれる気持ちを知ってしまったから。夢なのか現実なのかあやふやな、夢みたいなあの時間。もしかしたらそれよりずっと前から、私の心は彼に捕まってしまっていたのかもしれないけど。
でも、言っちゃいけない。どれだけ苦しくても、それは、ダメなことだから。

「…続きは?」

瞳の奥を覗き込むようにして、ジョースターさんは言葉の先を促す。唇を噛んで瞳を伏せる私を逃さないといった風に顎を掴まれ、上を向かされる。

「…だめ、です…」

けれどその瞳で見つめられると弱い。承太郎に良く似た、けれど承太郎よりも少しばかり深く柔らかなブルーグリーン。

「誰も聞いてないから。」

手に力なんて籠っていないはずなのに、逃げようと思えば逃げられるはずなのに。
私の唇は、彼の瞳の促すままに言葉を紡いだ。

「…すき、です…」

「…両想い、ってやつじゃな。」

彼は満足そうに唇の端を吊り上げると、そのまま私に口付けた。
お湯に浸かっているのは足だけなのに、逆上せてしまったんじゃあないかってくらい頭がくらくらする。されるがままに何度も口付けられて、私はジョースターさんの腕の中に崩れ落ちた。

「…ッ……」

「さ、充分に温まったじゃろ。」

ジョースターさんは何事も無かったように立ち上がると、タオルを持って私の前に跪いた。そうしてお湯に浸けてくれた時と同じ優しさで、私の足を持ち上げる。
滴る水滴を丁寧に拭き上げて、そうしてあろうことか爪先に唇を寄せた。

「きゃぁッ!?…な、ちょッ!」

慌てる私を彼は相変わらず少年のような瞳で見つめながら、ちゃんと温まったか確認しただけだと笑った。

「…脅かさないでください…ッ…」

「今ので承太郎が来るかもしれんのォ?」

慌てて口を噤んでも、今更遅い。
耳を澄ますと隣の部屋のドアが開く音がした。これだけ壁が薄ければ、今までの会話だって聞こえていたかもしれないと思うと気が気ではない。
ジョースターさんは呑気にしているから、承太郎が来たら困るのは私だけのようだ。

自室のドアがノックされる音を聞きながら、この場をどう取り繕うかだけを必死に考えた。



*****

「危急存亡の秋(ききゅうそんぼうのとき)」
危険な事態が目の前まで迫り、生き残るか滅びるかの岐路に立たされていることをいう。


2015.11.11


萌えたらぜひ拍手を!


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