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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
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ズルい約束

「ねぇお兄さん、一晩どう?」

夕暮れ時、街を歩くガタイのいい一団に声を掛けた。なんていうか、あまり見たことのない雰囲気の人たちだったから、興味本位で。

「敵か?」
「いや、ただの売春婦でしょう」

などと彼らは言った。敵、ってどういうことだろう。ヤクザ屋さんみたいには見えないのに。
「お兄さんたちは、お客さんじゃあないの?」と笑いかける。みんなこの辺りでは見かけないデザインの仕立てのいい服を着ているから、きっとお金持ちに違いない、なんて打算的な気持ちは心に押し込めた。

「…いえ、僕たちはそういう
「俺に買われちゃあくれないか、マドモアゼル」

赤い髪のお兄さんが断ろうとするのを、銀髪が制した。白人の、若い男だ。この中では一番、お金のなさそうな。
彼はひどくちぐはぐな台詞を吐いて、私の肩を抱いた。

「…ありがとう、お兄さん。」

まぁ、清潔感はあって見目は良いし、優しそうだからいいか、と私は彼の腰にしがみついた。赤い髪のお兄さんは「おいポルナレフ、」と嗜めるような声を上げたけど気にするもんか。

「別にいいじゃあねーか、みんなにメーワクは掛けねーよ」

銀髪の…ポルナレフさんは仲間たちにそう言うと、心配するなとでも言いたげに私の肩を抱き寄せた。

*****

「…ポルナレフさん?…名前、」

「あぁ、そうだ。ジャン・ピエール・ポルナレフ。ポルナレフでいい。…お嬢さんは?」

「私は、ななこ。」

好きに呼んでくれていいよ、と言えば即座に「ななこ」と呼ばれた。笑いながら「なぁに?ポルナレフ」と返せば、やけに真面目な瞳で「家族は?」と聞かれた。

「…そんなこと、一晩買った女に聞いても仕方ないでしょう?」

不機嫌そうに返せばポルナレフは苦笑いを零しつつ、落ち着けよ、とでも言いたげに私の背をぽんと叩いた。

「…それもそうだな。だが、アンタは女っつーより「お嬢さん」だ。…まだ、こんな仕事するには早すぎるだろ」

「でもこうしなきゃあ生きていけないの」

綺麗事のお説教なんて聞き飽きた。ご高説は結構だけれど、その言葉じゃあお腹いっぱいにも小綺麗にもならない。結局はお金だ。それにそんな綺麗事を言う人たちの殆どが、私の身体を弄ぶことに興奮するんだから、どの口がそんなこと、と思わざるを得ない。

「…アンタも大変なんだな」

まぁとりあえずなんだ、風呂にでも入ってゆっくりしろよ、とポルナレフは浴室を指差した。ありがとう、と軽くお礼を言って浴室に向かう。なんだやっぱり他の男と同じじゃあないか、なんて、心の中で毒づきながら。

手早く身体を洗って浴室を出ると、ポルナレフは驚いた顔で「なんだよそんなんであったまったのか?」と言って私を浴室に追い返した。

「何時間入っても怒んねーから、ちゃんと湯を張って、好きにくつろいでこい」

「ポルナレフは、一緒に入る方がいいの?」

「なーに言ってんだよ、風呂は一人で入るもんだろうが」

そう言うと浴室のドアはぴしゃりと閉められた。…よくわからない。この男は綺麗好きなのだろうか。とりあえず言われた通りにお湯を張り、体を沈めた。広い浴槽に、一人で身体を沈めたことなんてあっただろうか、なんてぼんやりと考える。いつだったか「もっと早く出てこい」と怒られてから、湯船に入りたいときは相手を誘うようにしていた。それはそれで、ゆっくり入れないのだけれど。

「…お風呂、ありがとう」

おそるおそる声をかければ、ポルナレフは「よーし、あったまってきたな?…いい子だ」なんて優しく笑った。

「…うん。ねぇ、ポルナレフもシャワー浴びる?それとも、このまま…」

「俺も風呂入ってくるから、ななこは寝てていーぜ?」

私の言葉を遮って、ポルナレフは浴室へと去っていった。あまりの出来事に呆然としているうちに、シャワーの水音が聞こえてくる。
どうしたものかと逡巡していると、盗んでくださいと言わんばかりに無防備に放り投げられたカバンが目についた。一体ポルナレフは何を考えているのか。

「…なんだよ寝てりゃあいいのに。」

「…そういう方が好きだった?」

お風呂から出てきたポルナレフはすっかり服を着ていた。脱がされるのが好きなんだろうかと彼に近付くと、ポルナレフは「なんだよ、」と笑った。

「…脱がされるのが、好きなのかと思って」

「いーから寝ろ。別に抱こうと思って買ったんじゃあねえから」

ポルナレフはそう言うと、小さなソファに身体を横たえた。「なによそんなとこで」と言えば「寝るんだよ」なんて返事。

「…どうして。…セックスしないならなんで買ったの?哀れんで?そんなのごめんだわ!」

哀れみで優しくされるのなんてごめんだ。誇れるもんではないけれど、それが私の仕事だから。お金をもらう以上私にはポルナレフを満足させる責任がある。それが「施してやった」って自己満足だけだなんて私のプライドが許さない。
そんなようなことを早口で捲し立てたと思う。自分でもどうしてこんなにイラついたのかわからないくらいに腹が立っていたから、よく覚えてはいないけれど。

「…悪かったよ」

ポルナレフは私の言葉を全て受け止め、それから一呼吸置いてゆっくりと言った。

「決して、お前と、お前の仕事を哀れんでいるわけじゃあない。」

お前と同じ年頃の、妹がいたんだ。
まるで何か、寝物語でも聞かせるようにポルナレフは言った。妹が「いた」ってことは、死んだのだろうか。私に、妹を重ねているとでも言うのか。

「…それじゃあポルナレフ。『兄さん』とでも呼んだ方がいいの?」

「いや、」

もう、俺に家族はいねーんだよ。とポルナレフは言った。私はなんと返していいかわからず、「おんなじね」と笑う。

だって、泣いてしまいそうだったから。

誰もいないから、毎晩違う腕に縋るしかなかったのに、今はその縋る腕にさえ届かない。優しくされて、広いベッドにひとり。それがどうしようもなく、孤独だから。

「…そうだな」

何にもしちゃあやれねーが、せめて今日くらいはゆっくり眠れよ、なんて優しい声が帰ってきて、泣きそうになる。

「…ゆっくり眠れって言うなら、眠るまで側にいてよ…」

泣いちゃダメだし、こんなことも言っちゃダメだ。けれどもう、言ってしまった言葉は回収できないし、流れてしまった涙は簡単には止められない。

「…泣くなよ、ななこ」

ポルナレフはベッドにそっと近付いて、私の髪を撫でた。思わずその身体にしがみつくと、宥めるように背を叩かれた。

「…っ、ご、めんなさ…」

「…俺は明日をも知れぬ命だが、」

もし生きてこの旅を終えられたら、また、会いにくるよ。と、ポルナレフは言って、私の髪に口付けた。
なんて曖昧な、都合のいい約束だろう。そんなに簡単に命を落とせるなら、私がとうにやっているのに。
それでも、その言葉が心の深くにすとんと落ちてしまったのはなぜだろう。ポルナレフはきっと、迎えに来てくれる、なんて確信めいた気持ちが心の穴にすっぽりおさまって、なぜだか安心してしまった。

「…待ってる。待ってるから…ポルナレフ」

「あぁ、だから安心しておやすみ、ななこ。」

違う、信じたふりをしているだけ。泣いて縋る、可愛い女を求めているのは彼だ、私じゃあない。言い訳を心の中で並べ立てながらも、ポルナレフの腕の中は暖かく居心地が良くて、知らぬ間にまどろみに落ちた。

*****

こんなに爽やかな朝があったのかと思うほど自然に、スッキリと目が覚めた。
ポルナレフは私を抱き締めたまま眠っている。回された腕は力が抜けて重いけれど、大切にされている気がしてなんだか嬉しかった。

「…ポルナレフ、ありがとう」

迎えに来てくれる、なんて嘘に違いないけれど、少なくとも昨夜一晩私を幸せにしてくれたことは間違いない。
迷惑にならないうちに帰ろうと、そっと腕の中を抜け出す。重い腕をどかしていると、不意に抱き締められた。

「…おはよう、ポルナレフ」

「…あぁ、おはようななこ」

頬に優しい口付けが落とされ、まるで恋人相手のような言葉が耳朶をくすぐった。なんだか心がざわざわして、私は彼の胸を両手で押す。

「…もう帰る」

「あぁ、」

ポルナレフは軽い返事を返すと、カバンから財布を取り出し、それごと私に投げてよこした。

「…ちょっと、ポルナレフ」

「ななこが俺を忘れないように。」

たいした中身じゃあないが、大事にしろよ?と、ポルナレフはウインクなんてしながら言った。気障な男だ。そしてそれがよく似合う。

「…ありがたく借りておくわ」

借りるだけだからね!と言えば彼は「死ななきゃあ迎えにくるよ」と笑って私に口付けた。


20170619
#指定されたキャラかCPの強化週間を始める
沖合さまより「スタクル大人組」


萌えたらぜひ拍手を!


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bkm