■ 1

七月某日。俺は中学時代の友人に呼ばれて地元の喫茶店に来ていた。

「喜多君、久しぶりだね」
「成人式の同窓会以来だから三年ぶりくらいだね」
「ごめんね、急に呼び出して」
「で何?宗教?マルチ?」
「ち、違うよ。ちょっと相談があって……」

友人、河合さんは就職難のあおりをくらって四月には内定をもらえず、六月にようやく市外に出来る予定のレストランのオープニングスタッフとして採用された。
そこは廃業になったレストランを買い取り、内装をいじって秋に開業するのだそうだ。でもね、と河合さんは俯き、話しづらそうにアイスティーをマドラーでぐるぐる回し始めた。「どうしたの?」と続きを促すと、申し訳なさそうな上 目遣いで俺の目を見つめ返してくる。

「出るの……」
「幽霊が?」
「さすが話が早い」

幸い死人は出ていないが、事故が多発して工事が始まりもしないらしい。別に壊す訳じゃないんだからそこまでしなくてもいいのに。霊短気すぎるだろ。

「お祓いはしたの?」
「一応」

伏し目がちで申し訳なさそうな彼女の様子から、何を頼みたいのかは察しがつく。
俺は河合さんからそのレストランの場所を聞き、出入りの許可をもらえるように頼んだ。



午後一時、目的地に到着。
心霊スポットに夜に訪れるなど愚の骨頂。何故ホラーゲームやホラー映画の登場人物たちは危険な場所へ夜中に足を運ぶのだろうか。
持ち物は携帯電話にウ ォークマン、凍らせたお茶と飴とチョコ菓子、念のために持ってきた懐中電灯、予備の電池、デジカメ、ボイスレコーダー、防犯ブザー。さらに伊勢神宮にて購入したお守りを鞄に括り付けておいた。
いざ行かん、レッツ真昼の肝試し。

太陽の日が射し込んでいて、照明が無くとも店内は充分明るかった。なるほど立地は良いらしい。
カウンター席と丸テーブルが三つ。椅子は六つ、元は丸テーブルに二席ずつだったのだろうが今は無造作に置かれている。床に倒れて転がっているものもある。
窓ガラスはいくつか割れて、ガムテープで汚く舗装されているところがある。スタッフルームとプレートが付いている開けっ放しのドアのノブは外れたままだ。

背後から物音がしたので振り返ってみると、野良らしき黒猫が前を横切る。可愛いにもほどがあるのでデジカメでしこたま写真を撮っておく。
人慣れしているのか黒猫は怯むことなくカメラの前に座っていた。少し首を斜にして、流し目でカメラのレンズを見つめてくる。ポージングとしか思えずここで俺のテンションが最高潮に達する。

「いいよいいよー!セクシーだよぉ!じゃあ次ちょっと脱いでみようか!」

黒猫の毛が逆立ち、尻尾が膨れ上がった。緑色の瞳がまん丸になって俺の背後を見つめている。そんな姿も可愛いので一枚撮っておきたいところだったが、黒猫は脱兎のごとく駆けだして廃墟から出て行ってしまった。
甘いひとときを邪魔 しやがって。絶対に許さない。
チッと舌打ちをすると厨房の方から甲高い音がした。鍋か包丁か、金属のものがいくつか床に落ちたらしい。うるっせーんだよ気を付けろ。
まずはホールから見ておきたいので厨房は後で確認することにしよう。往復するのとか面倒だし。
とりあえず店内の写真を撮っておくことにする。デジカメというのは便利だがどうにも心霊写真は撮れなさそうな気がする。文明の利器には風情というものがないんだよな。
ひととおりホール内の写真は撮り終えたので厨房へ向かおう。と思ったけどスタッフルームの方が近いのでそっちを先にしよう。
スタッフルームには店員の休憩時間に使われるであろう長テーブルと安物のパイプ 椅子が並べられていた。その奥に扉がふたつ。おそらく更衣室だ。男性用と女性用。ここは男らしく迷わず女性用から先に調べることにする。
ロッカーが六つ並んでいて、ひとつひとつにスタッフの名前が貼られている。ロッカーの中は別段面白いものもなく、空っぽか制服がハンガーにかけてあるくらいのものだった。男性用更衣室もおおむね同じ。

そろそろ部屋を出るかと思った瞬間、猛烈な勢いで扉が閉まった。だからなんでそんなにうるさい音を立てるんだよ。
ドアノブは元より無いので回しようがない。ドンドン扉を叩いてみてもビクともしない。仕方がないのでパイプ椅子をひとつ失敬して殴り壊した。次は厨房だ。

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