■ 2

しかしさっきから音がする ばかりで気配はするものの姿は見せてこない。
なんなの?俺のこと好きなの?恥ずかしいの?

厨房の床には大鍋と包丁が散乱していた。写真を撮ってから他の鍋や道具が並んでいるところに片づけることにする。拾った包丁は刃がボロボロになっていて到底使えそうな状態ではなかった。どっちにしろ使わないだろうけど。
とりあえず今までの部屋と同様、あらゆる角度から写真を撮る。撮る。撮る。

「ん?」

厨房の隅に、ぼんやりと黒い靄のような塊がひっそりと身を潜めている。
ようやく見つけた。
カメラを片手に靄に近づいていくと、靄は次第にはっきりとした姿を見せてきた。
髪の長い女の人だった。膝を抱えて厨房の隅にうずくまっ ている。長い前髪の隙間からぎょろんと丸い目が見えていて、何かブツブツ言っている。メンヘラ怖っ。

「すいませーん、写真いいですか?」

返事はない。感じ悪いな。
仕方がないので無許可だが一枚撮らせていただく。映るか映らないかはわからないわけだし、まあいいだろう。
ボイスレコーダーのスイッチを入れ、女性に近づける。ブツブツ言っている声が少しでも拾えられればいいと思うが、こちらも写真と同様記録できるかはわからない。でも映像よりは音声の方が残せそうな気がする。

「すいません、もう一回」

耳をすませて何を言っているか聞く。もっとはっきり喋れや。
もう一回、と頼んでみるが声調は変わらない。そもそも聞 かせる気がないのだろうか。

「……しん……」
「しん?」

ようやく聞き取れた言葉の一部をオウム返ししてみると、霊がふっと顔を上げた。土気色の肌に、大きな目が木のウロのように黒く空虚だ。悲しい死に方をした人なのかもしれない。

「写真、お墓にいれて」
「どんなやつですか?」
「持って……いきたいの……」

ヒント少ない……。でもこの店にいるということはその写真が店内に残っている可能性が高い。探すか。
おそらく厨房にはないだろう。私用品を持ち込んでいい場所じゃないし、ここにあるならこの人が自分で見つけているはずだ。この人が従業員だとしたらスタッフルーム、客だとしたらホールかトイレに忘れ物ってと こだろう。
霊の服装は花柄のワンピース。従業員の制服でないことは明らかだが、単に死亡時の服装というだけだろうし客とは断定できない。

トイレは男性用と女性用の個室がひとつずつ。廃屋のとはいえ女性用トイレに入ることに強い背徳感を覚える。しかも個室に入った瞬間ドアを閉められた。ほんとそういうのよくないと思う!
もともと狭い場所なので探すところは殆どない。ないとは思うがペーパーのストックを置く棚も開いて中を見てみる。写真らしきものは見あたらない。
移動しようとするも鍵もかけていないのにドアが開かない。ほんとこういうのよくないと思う!
仕方がないので蹴破る。色々壊しすぎて怒られたらどうしよう。

ホー ルに移動。こちらもざっと見渡したところ写真らしきものが落ちているようには見えない。ソファ席の隙間なんかを見てみたが何も挟まっていない。
突然背中を押されて埃まみれのソファに顔面からダイブ。後ろを振り返るとくすくす笑いながらおしゃまな感じの女の子が走り抜けていくのが見えた。
その向こうの小窓から、白い顔がべったりと張り付くようにしてこちらを見ていた。小窓には外側に柵が付いていて、人間の顔が入れる隙間は無いはずだ。しばらくじっと見つめ合っていたが、わざと一瞬目をそらしてまた視線を戻してみると顔は消えていた。

スタッフルームに戻り、また閉じこめられるのは癪なので自分でドアを閉めた。女性用のロッカー をひとつひとつ、改めて念入りに調べることにする。中に掛かっている制服やエプロンのポケットに手を入れて探ってみるが、出てきたのはボールペンやメモ帳の切れ端など、仕事で使われていたらしきものばかりだった。
ロッカーの裏にでも入り込んでいたら厄介だなあと考えていると、何者かがドンドンと入り口のドアを叩き始めた。
うー、うー、と獣が唸るような低い声を出しながら、乱暴に滅茶苦茶叩いてくる。声と音の激しさから判断するに男の霊であろう。ていうか鍵掛かってないんだから入りたいなら入ってくればいいのに。

「どうしようかな……」

腕を組み、ロッカーを移動させて裏を見てみるか、日を改めて男手を増やしてくるかと悩 んでいたところ、ドンドン叩く激しい音に紛れてかすかにキイキイと擦れるような音がし始めたのに気が付いた。
男性用ロッカールームの扉が開閉していた。扉の向こうにさっきのおしゃまな女の子がいて、くすくすと笑っている。

「そうだなぁ、一応見てみるかぁ」


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