7


狼と兎が旅を初めて五日、ようやく人里に出た。
二人は馬車から降りて家々を眺めた。小さな村である。妙なことに人の気配が全くない。

ジルが首を傾げていると、狼の男が獣に姿を変え、鼻を高く上げて匂いを確かめたり耳をそばだてて音をとらえようとしたりした。
大きな狼はヒトに変わり、ジルの方を向いてかぶりを振った。やはり無人の村のようである。
狼の男はいつものように口の動きを使って「狩りに行く」とジルに伝えてまた狼になった。


「獲物があったら持っておいで。何か作ってあげるよ」


村を出ていく狼の背にジルが声をかけると、狼は振り返って一度大きく尻尾を振った。
一人になったジルは腰に手を当てて、さてどうするかと考えた。とりあえず馬車馬を草の豊富なところへ連れていった。馬が草を食べる様子を暫く眺めていたが、ふと顔を上げたときジルはこの村に人の気配がない理由を悟った。

恐らく村長の家であったろう大きな館が、半分以上抉られるように破壊されていた。
ゆっくり歩いて村を一周してみると、半壊全壊合わせて村の半数以上の家が破壊されていた。その様子を見る限り、原因が故意的なものであることは明らかだった。
倒れていない家もよくよく見てみれば、矢が刺さっていたり槍や剣やの刃物で付けられた切り傷がある。

村の者が全滅したのか土地を捨てて逃げ出さざるを得なかったのかはわからないが、人がいないことへの疑問は消えた。
まだ柔らかな畑の土には魔物の足跡が残っている。村に残された傷跡が脅迫的であることから考えても、近隣の魔物の被害より、魔王の手下の仕業であるように推測できる。
ジルはスカートを掴み、その力の強いあまりにわなわな震えた。




「ごめんください」


一応声をかけてから家に入ると、やはり中も荒らされていた。椅子が倒れ、机の上に並べられていたであろう食事は皿ごと床に飛び散っている。腐りかけているのか生臭い。
ただ血飛沫が無いことにジルは安堵した。
キッチンに残っている食材の状態から見て、この村から住民が消えたのはつい最近のことであるようだ。
ジルは食事と睡眠だけは出来るように、ダイニングと寝室を掃除することにした。


「少しだけ、お借りします」


無人のダイニングで、ジルは頭を下げた。
使えそうな食材を選り分け、その一部とフライパンや包丁などを大鍋に放り込み、抱えて外に出た。井戸まで行ってそれらを洗っていると、狼が猪を引きずりながら村に戻ってきた。
おぅいと呼びかけながら手を振ると、狼はジルの傍まで歩いてきた。狼はジルの目の前に獲物を置いて、きりっと背筋を伸ばして座る。ジルは目を閉じて手を合わせ、獲物の猪に一礼した。




「いただきます」


男が食卓の前で手を合わせて一礼するのに合わせてジルが言った。焼いた牡丹肉をフォークで刺しながら「草以外のものを食べるのは久しぶりだわ」と呟くと狼は破顔した。
その表情を見て、ジルはこの男はこんなに優しい顔をしていたかしらとぼんやり思った。


「変な話だわ。狼と同じ机と食事してるなんて」


狼の男はコクコクと二度頷いた。


「目的の場所まではあとどのくらい?」


ジルが訊ねると、狼の男が少し考えるような仕草をしてから、ジルに向けて指を二本立てた。
二日か、と確認すると狼の男は頷いた。しかし目的地に着くのがあと二日でも、それから東の森に帰るまでの日数が追加される。
ここまで付き合わされたのだから、意地でも家まで送らせてやる。


「ん?……おい!」


ジルが突然怒鳴り声をあげたので、狼の男はビクッと体を跳ねさせた。ジルは平手で机を打ち、大きな音を立てて男を叱りつけた。


「肉ばっか食ってんじゃないよ!野菜もちゃんと食え!」


狼の男はうんざりした顔で温野菜サラダとジルを交互に見たが、ジルが睨み付けると大人しくサラダにフォークを刺した。
母親のような理由で狼を怒鳴りつけるなんて可笑しな話だと、ジルは小さく嘆息した。
嘆息のために閉じた瞼を開いてみると、狼の男はフォークをサラダから口へと繰り返し運んでいる。嫌々一口食べて終わりだろうと思っていたジルは目を丸くした。


「……美味しい?」


狼の男はコクコクと二度頷いた。ジルは脱力した。
全く可笑しな話である。




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