婚約


三代目魔王が二代目魔王を玉座から引きずり下ろしてはや五年。
即位したての頃海の女王様に宣言したとおり、魔王様は先代の遺産を返上することに尽力されておられました。呪いを解き、魔物の集落の再興を補助し、先代魔王派を公言しているかそうでなくとも暴れる魔物のもとへ自ら足を運んで、配下に加えるか消すかしてしまう。魔王様の行動全てに対し、抗えた魔物は一匹もおりませんでした。
無為に他の生き物に危害を与える魔物はすっかりいなくなってしまって、人間にとっても魔物にとっても平和な世が訪れたのです。

魔王様が返上した先代の残した遺産のうち最も厄介だったものは、人間たちが持つ魔物への不信感でした。
圧倒的な力を見せつけられた魔物たちは当然魔王様を慕いましたが、人間たちが魔王様を信用したのはひとえに或る御友人の存在があったからでした。
世界の平和には、魔王様の絶対的な力と、勇者様の存在が不可欠でした。彼女がいなければ、魔王城と人間の国とが、これほど友好的な付き合いをすることはできなかったでしょう。

これは御伽話なのです。魔物と人間が、手を取り合っ て暮らす世こそ幸せだと示す、まるで夢物語のようでした。




それは目立った先代魔王派の魔物たちがいなくなり、魔王様が城にいることが多くなってきていた頃のことでした。
魔王城が落ち着いてきたことを知ったらしい勇者様の国の国王様が、会談を希望する手紙を送ってきたのです。


「うわ、めんどくさい……」


人間の国との連絡用の怪鳥が現れたときに、足に括り付けられた手紙を開きもせずに魔王様はうんざりしたように肩を落としてそう仰られておりました。絶対そう言うと思った。
しかし勇者様との交友が続き、協力を求める可能性が残る限り彼女の主君とも友好的でいるのは必要なことでしたので、断るわけにはいきませんでした。


「我が儘を仰らないでください。早く中を確認してくださいよ」
「は〜い……」


手紙を外された怪鳥はサッと飛び立って私の傍にとまり、長い嘴で私の衣を引っ張りました。褒美が欲しいのだろうと思ったので、労いの言葉をかけてからメイドを呼んで何か餌を持ってくるように命じました。
その背後で、国王からの手紙に目を通した魔王様が二度目の「面倒くさい」を溜め息と共に発したのです。


呼ばれた茶会に二人で参じてみると、相手は国王一人で女王陛下も姫君もおりませんでした。
魔王様はボロを出さぬよう、この国王の前では口数少なに大人しくしているので、茶会の行われた部屋はひどく静かなものでした。静かながらもぽつぽつと世間話をしたりしていると、外からパンパンと何か破裂するような音が聞こえ、それに続いて楽しげな歓声が響いてきました。
何事かと紅茶を啜る顔を上げてみると、国王は和やかに微笑みながら席を立ちました。


「今日は騎士団の若いのの結婚式なんだよ」


窓の外を指さして国王が言い、失礼して私と魔王様も窓を覗いてみることに致しました。
白い教会が小さく見えて、そこに白い衣装を着た新郎新婦が腕を組んで歩いていました。周りには大勢の人がいて、花や紙吹雪を散らせています。
結婚、特にその式典に対して夢も希望も持たない魔物でありますので、私にとっても魔王様にとってもものすごくどうでもいい光景でした。


「魔王殿は、妻を娶りはしないのかな」
「はあ、まあ相手がいることなもんで……」


窓の向こうの群衆の中に、勇者様の姿を見つけました。ドレスを着て美しく盛装しておられましたが、お背が高いのですぐに彼女だとわかりました。
新婦が明らかに意図してブーケを勇者様のいる方に投げると、一瞬のうちに他の女性たちがブーケをめぐり集まってきました。勇者様はというと、花嫁がブーケを投げた瞬間サッと身を引いてブーケの着地点から避けてしまわれ、まるでそんなものを欲しがっていない様子でした。
彼女の姿には魔王様も気がつかれていたらしく、ぐっと吹き出すのをこらえる気配が感じられました。


「ブーケを取るのはどんな意味があるんですか?」
「ああアレか。次の花嫁になるっていう、おまじないみたいなものだよ」


魔王様が咳払いをして口元を拳で押さえながら「失礼」と低い声を出しました。国王は窓の外を見ていたので気づいていなかったようですが、魔王様の口角はつり上がっておりました。


「魔王ともなると伴侶を選ぶのも苦労するだろう。魔王殿はやっぱり、妻は強い魔物がいいんだろうね?」
「え、いや、別に……」


歯切れの悪い答えをしたのは魔王様が妻を持たないのは、面倒くさいとうちやって後手後手にしてしまうせいですので、まるでこちらの眼鏡にかなう女がいないのだという高尚なことを言われると、かえって申し訳なく思うためでしょう。
しかしどうしたことか、魔王様のその返事を聞くと国王はきらりと目を輝かせ、心持ち声を弾ませ始めたのです。


「そうか、あんまりこだわらんのだね。それともまだあまり考えんのかね」
「いや、考えないこともないんですけど……」


おい初耳だぞ、考えてるならちゃんと言え。適当なことを言うな。


「考えたんだがね……ヒトと魔物の友好の証として、この国のものを魔王殿に貰って頂こうというのは、いかんかなぁ」


濁しながらの国王の言葉に、魔王様も私も驚いて顔を見合わせてしまいました。
国王様は口髭をもごもごさせてしばらく言い淀んでいましたが、誤魔化しも撤回もする気はないようで、口髭をもごもごさせながら更に続けてこう言いました。


「魔物がどうするってのは私にはよくわからんが、人間だと国と国との和睦の証に結婚するってのはよくあることだ。代表同士が繋がるというのはやっぱり意味のあることだと思うんだよ。考えてみてはもらえまいかね」


勇者の国の王が魔物の王にもちかけた、この和睦の証をきっかけに、魔物の頂点と神に愛された人間の御伽話は終結を迎えることになるのです。


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