十畳の和室の中央に吊された蚊帳の中に、布団が二組並んでいる。水色の布団の中身は空っぽだが、桃色の布団の中で神奈が右向きに寝ころんでいた。

三度目の『いつでも誰かが』が部屋に鳴り響き、神奈は不機嫌そうに顔を歪ませながら布団の中でもぞもぞと動いた。目を開けるより先に、小豆を煮る甘い香りが鼻をくすぐった。音源である携帯電話は枕元に置いてあり、手を伸ばして画面を見てみると知らない番号であった。履歴を確認してみると三件とも同一だが知らぬ番号からの着信であり、神奈は不気味に思って画面を閉じた。

布団を被り直し、寝返りを打って五分ほど経った頃、また携帯が鳴った。画面を見てみると福也からの着信であった。神奈は電話を耳に当てて寝起きのかすれた声で「もしもし」と言うと、「おはようございます」と相変わらず愛想も抑揚もない低い声が返ってきた。

「どうかした?」
「赤城先輩が電話に出てくれって」
「ええ?」

どうやら三件の着信は赤城からのものであったらしい。昨日、福也は犬の散歩中に赤城と偶然会い、神奈の番号を聞かれたらしい。そのときの赤城の様子が妙に深刻そうだったため、勝手なこととは思いつつ福也は神奈の電話番号だけ教えたという。
神奈は福也との電話を切り、履歴をたどって赤城に電話をかけた。

「もしもし」
「おはよう」
「おはよう」
「ごめんね、ストーカーかと思って」
「……いや。なあ、今日暇?」
「なんで?」
「ちょっと来て欲しいんだけど」
「え……なんで……」
「引くなよ。頼むよ、他に頼れる相手がいないんだよ」

しばらく話を続けた後、神奈は「今から行く」と締めて電話を切った。蚊帳を上げて部屋の外に出ると、縁側を大股で歩きながら兄を呼んだ。
四つ上の神奈の兄は居間から顔を出し、パジャマ姿の神奈を見て「まだ寝てたのか」と呆れたように言った。

「このクソ暑いのによく眠れるな」
「ねえ、友達が頼みがあるんだって。お願いお兄ちゃん、車出して」
「いいけど、夕方には帰ってこいよ」
「うん、わかってる」



油揚町の駅前まで兄に車で送ってもらい、神奈は商店街の入り口まで来ていた。商店街は学校とは反対方向にあるので神奈はあまり利用せず、先日の縁日で初めて入り口から出口まで歩ききったくらいだ。それも昼と夜、普段と縁日とでは印象があんまり違うので、今初めて中を歩くような気さえする。
花屋、靴屋、漢方薬局、八百屋……と並ぶ店をただ通り過ぎていきながら、神奈はひたすらまっすぐ進んだ。赤城にそうするように言われていたからだ。

「赤城君!」

赤城が立っていたのは小さなブティックの前だった。若い娘が利用するような店ではなさそうだったが、店先に並ぶ服を見るとさほど悪趣味なわけでもない。

「おっす!」
「おう、すまんね」
「で、どんな感じよ?」
「……まあ見てやってくれよ」

赤城はブティックと隣の本屋との隙間を通り、ブティックの裏手に回った。店の裏側に経営者の自宅の玄関があり、二人は「おじゃまします」と言って靴を脱いだ。
二階に上がってすぐの部屋の扉を赤城が開けた。パソコン机の前の椅子に茶髪を括った男が座っていて、神妙な顔をして腕組みをしている。彼の目の前にはベッドがあり、その布団は大きく膨らんでいた。赤城がそのベッドの脇に腰掛け、反省している表情で唇を結び、俯いた。
神奈は部屋の入り口で腕を組んで仁王立ちし、部屋を見渡した。

「遊び半分で心霊スポットに肝試しに行った馬鹿はお前らか?」

神奈が言うと、三人分のか細い声が返された。「…………はい」


*二日前、この三人組が深夜に訪れたのは隣市の廃病院で、高齢の院長が持病で亡くなり、息子が跡を継ぐことが決まってすぐ事故で亡くなったというので呪われているだのと安直な噂がたっていた。
夜の廃病院というものは当然不気味で、ただ歩き回っているだけで怖かったが特に霊らしきものは見なかった。しかし帰ってきてから、この布団にくるまって震えているブティックの息子が、何かというと長い髪を振り乱した青白い顔の女の姿がちらついてしょうがないと言う。
金井剛という彼は、運の悪いことに三人組のなかで一番怖がりで肝試しに最後まで反対していたらしい。

「心霊現象に巻き込まれたくて肝試しに行ったんでしょ?良かったじゃん」
「冷てえなあ」
「俺たち全員ロリ顔巨乳じゃないからな」

茶谷京也は長い髪をひとつに括り、髪型も服装も、顔立ちさえいかにも軽薄そうだった。肝試しに率先して行こうと言い出したのも彼だったらしい。しかし友人がこんな状況に陥ってしまったことは本気で反省しているようで、礼は全て自分がすると神奈にはっきり言った。

「そんなこと言われてもなあ」

神奈は両手で顎を支えながら、背中を丸めた。すると布団にくるまっていた金井がようやく顔を出した。短い金髪で、手入れを怠っているらしくまだらに黒髪が混じっていた。不安げな表情で神奈を見つめるその顔は子犬を思わせる。童顔で可愛らしい。
神奈は金城の顔を見つめ返しながらはっきりと言った。

「あたしプロじゃないし、どうにかするなんて約束できないよ。アブラゲ様に頼んだほうがいいんじゃないの」

三人はばつが悪そうに目をそらした。どうしたのかと神奈が赤城の方を見ると、赤城はダメなんだと言った。金井と茶谷は「言っていいのか」と言いたげな、不安そうな顔で赤城を見つめていたが、赤城は気にしない様子で神奈にアブラゲ様に叱られたことを話した。

「肝試し行った日の夜に説教受けたんだよね。三人横一列に並んで正座して」

それは夢での出来事だったらしいが、三人が三人とも全く同じ夢を見たというので、アブラゲ様がお怒りなのは間違いないだろうということだった。
神奈が町の者でないと知っていたので金井と茶谷は馬鹿にされるのではと思っていたようだが、神奈が当たり前のような顔をして「謝ったの?」と訊いてきたので、二人は少し安心したようだった。

「謝ったよ」
「ダメなの?」
「もう知らんって言われたんだよ」

金井が悲しげに答えた。

「そうやってビビってっから遊ばれるんだよ。この人別に悪霊って感じじゃないよ、まあ病人だったから見た目が不健康そうでアレだけど」

神奈は何気なく部屋の隅を指しながら言って、言い終わってからしまったという顔をした。金井はみるみる青ざめていき、神奈の人差し指がさす先を見てから勢いよく布団を被った。

「いんのかよぉおおおお!」

茶谷が謝りながら布団をさすった。金井は嗚咽を漏らすばかりである。赤城が助けを求めるように神奈の方に顔を向け、神奈は神妙な顔を返した。

「心霊はいやらしいことを考えれば跳ね返せると聞いたことがある。どうせあんたらにとっちゃいつものことでしょ、ほら、おっぱいのこと考えろ!」
「もっとなんかないのかよ!」

赤城が大声を出した瞬間、神奈の携帯が鳴った。笑点のテーマが部屋に響きわたり、緊張感がゆるんで男子三人が脱力してへなへなと倒れ込んだ。神奈が携帯を見ると、兄からメールが入っていた。仏花を買ってこいという簡潔な内容だった。それを見て神奈は思いついたように言った。

「ちょうどお盆だし、ちゃんとやればご先祖様が一緒に連れてってくれるかもよ」
「……ちゃんとって?」

わずかな可能性にすがるつもりなのか、金井が布団から顔を出した。

「盆棚は?お盆の間に水とかご飯とかお供えもの置いとくところ」
「ボンダナ?うちは仏壇に供えるよ……ダメなのかな。手抜き?罰あたり?」
「大丈夫、最近はそういうのも多いらしいよ、あたしのうちは古いから……じゃあお供えは金井君が替えるようにしなよ。朝に一番最初のを供えるんだよ」

話を聞くと油揚町では迎え火送り火は町をあげてやるらしい。今日の夕方に町の者が集まり、神社の所有地で大きな篝火を焚いて迎えるのだそうだ。ではまずそれにちゃんと参加しろと言って、神奈は十三日は餡のついたお迎え団子、十四日は素麺料理、十五日は白玉団子を供えることなどを教えた。

「でも町の伝統があるならそれに倣った方がいいかもね、親に従ってたらいいと思うよ」
「うん……」
「本当にどうしようもなくなったらアブラゲ様がなんとかしてくれるよ、大丈夫だから」

金井の肩を叩きながら、神奈は優しくそう言った。金井は黙って頷いた。
部屋の隅に座っている髪の長い女性が、口元を両手で慎ましやかに隠しながらくすくすと笑っている。神奈が部屋を出ていくときに彼女に向かって小さく手を振ると、女性はふと顔を上げて手を振り返してきた。乱れた長い髪で隠れて目は見えなかったが、口元は愛想良く微笑んでいた。

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