一次小説 | ナノ

 人魚姫

ボクは沖縄の海が嫌いだ。そんな沖縄に一度だけ行った事がある。
嫌いになったきっかけを作った一生に一度の不思議な体験をしたからだ。
小さい頃、親戚のおじさんの葬儀に親に連れられたあの新世界感、白い道、青い海。咽せかえる程の暑さと、つんざく蝉の声。
キラキラと宝石のように、まるでビビッドカラーの塊りのような土地に目眩を起こしながら、母親の長いスカートを懸命に掴みながら歩いた。
母に気を遣いながら、恥ずかしさを隠すように少し早足で歩いたのを覚えている。

ボクは吸い込まれるかのように海辺を歩いていた。
葬儀を終えておじさんの古い家にいるのが窮屈だったのか、子供だったから好奇心に負けて無意識に外へ飛び出したのか。

詳しくはハッキリと覚えていない。

だけど一つだけハッキリと、まるで後ろを振り向くかのようにあの眩しいビビッドカラーを焼き付けた場面がある。

白いワンピースに、長い髪の毛。柔らかい笑顔の振り向き美人だった。
末っ子の僕は母が大好きで、そんな母に向けて感じる胸の痛みが込み上げた。
白いワンピースは涼し気に海に吹く強い風に軽く浮き上がる。
彼女はボクの気配に気が付くと風のように微笑み、話しかけてきた。

「こんにちは」

ボクと彼女が交わした会話はその部分しか覚えていない。
限りなく透き通った波が彼女の足を濡らしては引いてゆく。
実に美しいテレビで観るようなドラマチックなワンシーン。
煩い位の静寂の中、ボクは見た。

彼女は岩浜に歩くからついて行ったんだ。母を追いかけるかのように。
あの淡い恋心を胸にこもるのを感じながら。彼女は岩に座り微笑んだ。
彼女は言っていた。

「色々お話しに付き合ってくれて有難う。また会えたらいいね」

彼女は美しかった。
町民プールで見るばたつきの泳ぎ方ではなく、実に美しい泳ぎを見せてはボクを見た。

彼女は人魚だった。

七色に輝く鱗は太陽に反射し、何もかもが濃く明るすぎるビビッドカラーを見ているボクには眩し過ぎた。

あれから時は経ち子供だったボクも立派な大人になった。
沖縄の海には人魚姫がいるんだと、そういう噂も伝説もなくばミステリーやオカルトに興味がある訳じゃない。

だけどボクは沖縄が嫌いだ。



あの時の不思議な体験を再びしてしまいそうで、あの輝く鱗とビビッドカラーが忘れられないからだ。

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