▼公立坂口高校演劇部11話 連合と仲直り
公立坂口高校演劇部十一話
登場人物
演劇部
天道綾:部長。通称隊長。舞台監督。みんなのお姉さん
蓮川空:副部長。音響。食ってるか寝てるか
村上真:小道具担当。唯一の常識人でツッコミ
飯島宮:衣装と脚本担当。楽しいことが好きな自由人
高橋煉:照明。飯島がすきな元ヤン。基本優しい
新聞部
相沢庵:部長。双子の弟。いつも元気な太陽系わんこ。苦労人
相沢繧:副部長。双子の兄。弟溺愛な狂人
花園愛:写真担当。生徒会長を務めるナルシスト
前智咲:物理講義室に住み着いている機械いじり好き
連合(ホウ・ショ=ビー連合)
山波仁:放送部部長。声がでかいが放送は聴きやすい
藤沢鉋:美術部部長。金の亡者で金儲けが好き
天道唯:書道部部長。天道綾の兄。筆談で話す
「ところで隊長。どこに向かっているんですか」
書道部に居場所を奪われた演劇部新聞部一行は階段をずらずらと下っていた。
「一階の書道部部室じゃないんスか? 天道唯に行くんでしょう?」
「カチコミに……そんな物騒なの嫌だなあ」
一行は天道についていくばかり。意外なことに階段を途中にして二階の渡り廊下に向かった。
「どんなときもまずは幹部から叩いておかないと日曜の朝には後悔するものよ……」
天道はそう言うと職員室に向かう途中にある一室の前で足を止めた。
「おい天道、ここは」
「放送部の部室だぞ……?」
相沢兄弟の言う通り、そこは坂口高等学校唯一の放送室であり、放送部の部室だった。
「放送部、ってあのぼっちの男の人の部活だよね、マエトモちゃん」
「そうだ。まあ、あたしたちにはあまり関係ないんだがな、イト」
そう、実は新聞部と連合の接点はあまりない。今回は巻き添えを食らったため演劇部と協力しているように見えて、本当に新聞部は巻き添えを食らっただけで何の原因要素も持ち合わせていない。協力するどころか迷惑の根源が演劇部である。
「よっしじゃあ放送部叩くか!」
「放送部部長といえば三年の山波仁だな」
しかしこの新聞部はあほである。
天道が丁寧に入室のための三回ノックをすると扉は内側から開いた。
「鉋くんか!?……待て、演劇部じゃないか!」
中から出てきたのは勿論山波。
「美術部さんはお留守のようね……まあいいわ」
ここでいう美術部とは一年の藤澤鉋個人のことを指す。
「今回の天道唯の行動、どう責任を取ってくれるのかしら」
天道は微笑みながら、山波を睨んだ。
しかし山波は焦りを露にする。
「待ってくれ、今回のことは俺も鉋くんも知らなかった! 無関係だ!」
「ほう?」
「無実を語るっスか……」
蓮川空と高橋煉がそれぞれ拡声器とライトを山波に向ける。
「いや語弊があった! 連合の一員である唯の行動であることに間違いはない! しかしそれを俺たちは一切聞いていなかった! こんな大それたことをしでかすとは思っていなかったんだ!」
証拠に山波は両手を挙げている。降参のポーズだ。
「鉋くん! 君もそうだろう!」
山波が声を向けた方を見ると、一行の後ろにいつも通り白恰好の藤沢鉋が立っていた。
「藤沢鉋!」
「やめろ敵意はない。降参は趣味じゃないが、関わっていないのは事実だからな」
藤沢もひょいと軽く手を挙げて見せた。
「じゃあ本当に今回の黒幕は天道唯一人、ってこと……」
村上真はつぶやく。連合が演劇部の邪魔をしてくることは多々あったが、それに天道唯が加算したことは今まで一度もなかった。連合の一員だったことも先日知ったくらいだ。それなのに突然こんなにほかの部まで巻き込んで妨害行動を仕向けてくるだろうか。目的は何なのか。
「貴方たちが知らないということは、お姉さんへの私的な嫌がらせでしょうね」
「隊長は悪くありません」
止めに入った蓮川を制止させ、天道は説く。
「お姉さんがあいつを恨んでいるように、あいつもお姉さんを恨んでいるのよ」
そうだ、とそれに賛同するのは山波。藤澤が続ける。
「唯は天道綾、お前を恨んでいる。理由はボクにはわからないが、あの唯が敵意をむき出しにする程度はな」
「正直に言おう! 俺はお前たち兄妹に仲直りをしてもらいたい! そしてこの事態を収束させてほしい!」
一同がざわつく。この状況で仲直りだって。仲直りするだけで元に戻れるのか。結局天道が悪いんじゃないか。
「お姉さんと吸血鬼が、今更……?」
天道の表情は山波からしか見えない。演劇部一同は静まり返る。
「兄弟は仲がいいにこしたことはねえぜ?」
「そうだ。兄弟愛に勝る愛情など存在しない」
「いやそれはどうだろう」
空気を壊したのは相沢庵と繧だった。彼らは二人だけの兄弟で、ずっと時間を一緒にしてきた。とても仲のいい兄弟だ。
「お前たちと隊長のお家柄を並べないでください」
「でも確かにそうだよねー仲よくなれば完結、って感じ?」
「あたし的にも天道家にこれ以上いざこざを作られては困るからな」
花園愛と前智咲も同意する。新聞部の意見は固まったようだ。
「多数決では、あと一人で仲直りっスけど……」
高橋が演劇部の面々を見渡す。すると今まで口を開かなかった飯島宮が手を挙げた。
「隊長! 仲直りに行こう! 唯さんと仲直りして、一緒に家に帰ろう!」
天道が飯島を振り返る。
「だめよ宮ちゃん。吸血鬼は天道家を追い払われてるの。一緒に帰れなんか……」
「じゃあ、一緒に部活をしよう! 一緒に劇をしたら、きっと仲良くなれるよ!私たちみたいに!」
その言葉で、場にいた全員がふと気が付いた。
演劇部はもちろん部活で劇をする。しかし新聞部や連合が行ってきた妨害行為も『茶番』と言う名の劇なのだ!
しばらく珍しくぽかんとしていた天道だったが、すぐにいつもの勝気な笑みに戻る。
「……っふふ、一本取られたわね、宮ちゃん」
そして皆に向かって宣誓する。
「演じて魅せるわ! 兄である天道唯と和解して演劇部を立て直す部長の役を!」
「それでこそ隊長です」
「かっこいいっス!」
「台本なしのアドリブ公演だね!」
こうして山波と藤澤を含めた一行は一階の書道部部室こと書道室に向かった。
「……本当にそれでいいのかなあ?」
村上の疑問を残しながら。
書道部部室には、大量の女子生徒が机に向かって習字をしていた。
教卓に向かって習字をしている、一人だけ制服ではなく赤い袴姿の長髪の男子生徒がいた。間違いなく天道唯だ。
中の様子を覗いていた高橋は天道唯と目が合った。すぐに隠れる。
すると天道は何かをさらさらと書き、黒板に張り付けた。コンコン、と黒板を叩くと、女子生徒がそれを凝視する。
そして次の瞬間、女子生徒らが一斉に部屋から出ていった。一行の横をすれ違い、どこかへと向かっていく。それを確認した後、天道は黒板から紙を外した。
「唯! これは何事だ! 聞いてないぞ!」
先陣を切ったのは同じ連合の山波だった。演劇部員は肩透かしを食らう。
『何って、部員を増やしたんですよ。お二人が部員の獲得に毎回失敗しているから』
天道唯は手元のスケッチブックにさらさらと書いて見せた。
『心配しなくても、新聞部と美術部にも三分の一ずつ分けますからね』
にこりと微笑む天道唯に、反論したのは天道綾だった。
「部員は、能力を使って強制的に集めたり動かしたりするものじゃあないわ。」
えっ、村上が反論する間もなく天道は続ける。
「同じものを志し、求め、共鳴した者たちだけが『部活』に所属できる。たまには自分の思い通りに事が進まないかもしれない。自分一人の方がうまくやれるかもしれない、そう思っても協力するってのが日曜朝……そうでしょう?」
はっとしたのは相沢庵、山波、藤澤。皆部長という肩書きをもち、日々苦労するもの。
しかし天道唯だけは、その言葉に納得しなかった。
『でも俺は、嫡子、あなたを許せない』
スケッチブックが怒りを示す。
「なぜ? お姉さんは許すわ。今までの行為全てとはいかなくても。この場はね。でも吸血鬼は何が不満なの?」
『あなたは、連合に入らなかった』
一行はわざめく。
「隊長、連合に誘われてたんですか」
「今年の初め、四月にね」
「断ったの?」
「……今からするのは過去の話よ、お姉さんは、一人で一から部活を作りたかったの。他の部の手助けもなく、自立した。だから、協力しようと呼びかけてきた連合の誘いを断ったのよ」
連合の目的は『人数の少ない部活が集まって、存続の危機を一緒に乗り越える』ことだ。だから演劇部から部員を奪おうとしたり、今回全校生徒を動かしたりしている。
「でもお姉さんね、気づいたの。部活は一人じゃできないって」
蓮川は思い浮かべた。あの日の屋上を。
飯島は思いだした。二人が教室に来た時のことを。
高橋は懐かしんだ。初恋の瞬間を。
村上はちょっと考えた。僕は強制的に入部させられてないか?
「だから方向性の違いかしら? ごめんなさいね」
天道は連合への加盟を再び拒否した。
『それなら、仁の思いはどうなるんですか』
天道唯は続ける。
『演劇部を誘おうと提案したのも仁でした。俺はOKした。これからうまくやっていけるな、と笑ってくれたあの日の仁の行動は、どうなるんですか』
書きなぐるように紡がれていく美しい文字たちは、激しい怒りを示す。
『仁はいつも俺のことを考えてくれた。俺が書道部で一人にならないよう連合という名前を作ってくれた。それをあなたは、嫡子は否定した』
「待て、俺は」
山波が天道唯を止めようとするのを、天道の声が遮った。
「あなたが……許可を出していた?」
天道唯は言った。俺はOKした、と。つまり連合の参加の声がかかった段階で、天道唯は天道綾を許していたということになる。
「そ、そうだ!唯は前からおまえのことを考えている!」
「でも、私は天道家のすべてを貴方から奪ったのよ!? どうしてそんな簡単に許しなんて」
『いや、俺天道家追われたこと特に気にしてないですよ』
「天道家の全てはこの世の全てよ!?」
『意外とそうではないですよ。今の生活、楽しいですし。むしろ堅苦しかった昔には戻りたくないですね』
「私も昔になんて戻りたくないわ!」
「ちょっと待て」
藤澤が止める。二人を連合二人で物理的に引きはがす。
「利害、一致してないか」
「……一致してますよね」
「一致している」
一同は思った。これ案外早く仲直りできるんじゃないか?
『俺は仁と鉋に手を出されなければなんでもいいんです。連合の、一人なんで。だからあとは嫡子が俺を許すか否か、ですよ』
天道唯が右腕の手袋を取り前に掲げる。
『これ以上俺の大切な仲間に手を出さないなら、生徒たちの催眠を解きます。すなわちそれは、俺を許すということ』
天道はゆっくりと頷いた。
『いいでしょう』
「ただし、条件があるわ」
『?』
天道は兄の手を取ってその目を見、強気に微笑む。
「貴方たち三人と劇がしたいの。生物講義室まで来てくれる?」
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