『あの、一磨さん、……』 「ん?詩乃ちゃん、どうかしたの?」 『私っ…一磨さんの事、好きなんです…』
「…え」 「…!!」
――「Wave様」と張り紙のしてある楽屋の扉が妙に開いていた。 珍しく、次の収録まで少し時間がある俺は、溜まった疲れを取るために楽屋でくつろごうと思い、楽屋へ足を運んだ。
楽屋へ入ろうとしたら、話し声が聞こえて思わず足を止めた。 盗み聞きなんてするつもりじゃなかったけど…気付いたときには、俺が好きな人、詩乃ちゃんは俺たちWaveのリーダー、一磨に告白しているという状態だった。
…一磨は、俺の詩乃ちゃんに対する気持ちを知っているはずだ。 応援する、というようなことも言われた。 ドアを開けて、今すぐにでも中に入ってしまいたい衝動に駆られるもぐっとこらえ、一磨の言葉を待った。 聞き耳を立てながらもモヤモヤして…息が詰まるような感覚に陥る。
「詩乃ちゃん……ごめん」 「…!」
ごめん、という一磨の声に俺の心は一瞬で軽くなった。 ああ、詩乃ちゃんはショックで仕方ないんだろう。 それなのに、俺は安心したし…嬉しかった。
「俺…付き合ってる人がいるんだ」 『……』 「だから…詩乃ちゃんの気持ちには…応えられない。ごめん。…でも、ありがとう」
一磨のはっきりとした口調の後に、やけに明るい声が聞こえた。 『……いいんです、きっと無理だろうなって、思ってたんで。…こちらこそ、ありがとうございました』
泣いたりするんじゃないかと思っていたけれど、詩乃ちゃんの声はあまりに明るかった。 それに驚いていると、突然ドアに足音が近付いた。 やばい、と思ったときにはもう遅く、一磨と目が合ってしまった。
「…俺たちの話…聞いてた?」 俺の目を見る一磨の目は、いつもと変わらない気がした。 「ああ、…悪い」 「……いや、俺は本当のことを言っただけだから…」 素直に認めて謝ると、一磨はその表情を翳らせた。
「…じゃあ俺…次撮影だから…」 「おい、一磨」 その場を後にしようとした一磨を、思わず俺は引きとめた。
「…何?」 「いいんだよな?」 「…いいって…何がだ?」 「俺が詩乃ちゃんの事、もらっても」 「……、」 俺が真剣に告げると、一磨は一瞬迷いの表情を浮かべた。
「いいも悪いも何も…言っただろ、俺には付き合ってる人がいるって」 もう一度一磨の目を見ると、さっき感じた迷いの色は見えなくなった。 「そっか、良かった」 「…ああ。じゃあ、後でな」 「おう、また後でな」
俺は、一磨の背中が小さく震えていたのを見なかったことにして、楽屋へと向かった。
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