――初めて詩乃に会った時。

正直に、可愛い、と思った。
どんな子だろうって思ってたら、誰よりも気配りが出来て、周りを見ている子だった。
驚くほど礼儀正しくて、スタッフはもちろん、翔や京介とも打ち解けて、俺にも挨拶をしてくれた。


──歌番組で共演した時。

歌っている詩乃の声は透き通るように透明で綺麗だった。
収録中だというのに、それも忘れて見つめ続けてしまった記憶がある。


──ミュージカルでの共演が決まった時。
一緒に仕事ができると思うと嬉しくて、でもなぜか緊張して、落ち着かなかった。


──俺がDVDを貸すということで、詩乃が家へやってきた時。
何本かDVDを貸すついでに、ショートショートのハーフタイム・エレベーターをふたりで観た。
女の子が家にいて、一緒にDVDを観て……
いいなぁ、としみじみ思った。
涙を流している姿に心が動かされた。


──スタジオで停電した時。

詩乃が雷が苦手だという事が分かった。
雷を怖がる姿に、つい、妹の事を思い出してしまった。

だけど俺の隣で震えていたのは紛れも無い詩乃というひとりの女性で──
妹のようだから、とかそんな理由じゃなくこの人を守りたい、と思った。
一緒にいて落ち着くけれどどこか胸が苦しい……
自分の中でひとつの感情が根付いてしまった事に気付いた。


──“アトゥム”のチケットを咲野さんからもらった時。

あの時はぎくしゃくしてしまったけれど、本当はすごく嬉しかった。
触れてはいけない、見てはいけないと思っていても彼女の事ばかり考えてしまう自分に戸惑った。

詩乃が好きなんだ、と自覚した。
その反面、それが俺を苦しめることになると分かっていながら。


──ふたりで“アトゥム”を観た帰りに、通りで翔を見かけた。

翔には仕事だと言ったけれど、誰と行くのかと聞かれて答えられなかった。
そして「詩乃ちゃんの事が好きだ」という相談を受けていたのを思い出して、今更ながら翔を裏切ってしまったという事実を突きつけられようだった。

大切な仲間である翔。
そして、大切な仲間が好きな人を、俺も好きになってしまった。
そうなれば、俺と翔は恋敵……

翔の気持ちを聞いて「応援する」と言ってしまった自分を、そしてアイドルでありグループのリーダーであるという自分の立場を呪った。
詩乃を好きになったと気付いた時から、こんな思いになることは分かりきっていた。
俺が詩乃を好きになればなるほど、翔を裏切る事になる。
自覚していたのに、詩乃とうまく話すことができなかった。


──詩乃が忘れていった台本を届けにいった時。

聞くつもりはなかったけれど、翔が詩乃に告白しているのを聞いてしまった。
…いっそこのまま諦めてしまえるほど軽い思いだったなら良かったのに、とも思った。

去っていく翔を、詩乃は追いかけなかった。
それなのに、詩乃は俺を引きとめた。
だから、どうして俺を引きとめたの?とつい意地悪な質問をしてしまった。
期待してしまった自分を戒めようと思ったけど、一度膨らんだ思いはそう簡単にはしぼまなかった。




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