──ミュージカルの最終公演日、千秋楽。
俺は詩乃をかばって、怪我をしてしまった。 詩乃が危ない…そう思ったら体のほうが先に動いていた。
それでもとにかく最後までやり通した。 …どうしても、俺の気持ちを伝えたいと思ったから。 倒れる直前、歪む視界の中で見た詩乃はとても心配そうな表情をしていた。
──目が覚めたら病室のベッドにいた。
翔たちに迷惑をかけてしまったけど、あいつらのおかげでここまでやって来れたんだ、と今でも感謝しきれない。 ふたりきりになって、俺は詩乃に素直に思いを伝えた。 その時詩乃が見せた表情は、やっぱり忘れられない。
──「共演者」から「恋人」に変わって。
ふたりでいることが当たり前になって。 ミュージカルの続編の出演が決定して。 大人気ないヤキモチを妬く事もあった。 スキャンダルを起こし、また皆に迷惑を掛けたりもした。
…それでも日々は流れて。
色んな事が起きた舞台は無事成功して、俺は詩乃にプロポーズをした。
──そして、あれから数年が経ち──今。
俺は、久々のオフを、自宅で過ごしている。
「…体調は大丈夫?辛くない?」 俺が声をかけると、詩乃も嬉しそうに話す。 『うん、ありがとう…大丈夫』
ステージで歌っている時と変わらない、澄んだ透明な声が空気に溶ける。 「そっか…良かった」
詩乃は随分と大きくなったお腹を愛おしそうに撫でながら、そのまま視線を上げ、俺を見つめた。 俺が微笑むと、詩乃も微笑み返してくれる。
付き合っていた頃と変わらない、甘く柔らかい空気。 …いや、それ以上に幸せな、穏やかな時間が流れていく。
『あ…、…今、蹴った…』 「えっ…もう一回蹴らないかな…?」
詩乃のお腹に耳を当て、これから生まれてくるふたりの子供を想像する。 詩乃に似ていたら優しくて可愛い子になると思う。 俺に似ていたら…きっと、苦労する性格になるかもしれないな。
そんな事を考えながら、俺は幸せをかみ締めた。
「詩乃…」 『どうしたの、一磨?』 「……俺と出会ってくれてありがとう」
この先もずっと…
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