会社に戻ってから10分くらい。
ちょうどデータをまとめ終えた時、社長が入ってきた。
社長は、ぐるっと室内を見渡し、それから蛯原さんのデスクに向かった。


「蛯原、ちょっといい?あんたに話があんのよ」
「はい、分かりました」

社長に促された彼はスッと立ち上がり、社長に連れられて部屋を後にした。


『…ふぅ』

自分が、蛯原さんたちが出ていくのを無意識に見ていたことに気付いて、私は視線を扉から目の前のパソコンへ移した。


(はぁ…蛯原さんに謝った方がいい…よね……)

彼を不快にさせてしまったことに違いはないのだから…でも、何と言って謝ればいいのかうまくわからない。

ぼんやりとパソコンを見つめていると――


「長江さん」

すぐ近くで誰かに名前を呼ばれ、驚いて振り向くと山口七海ちゃんが立っていた。


『あ…ごめんなさい、ボーッとしてた』

私がそう言うと、七海ちゃんはにこりと笑みを浮かべ、私のデスクに何枚かの資料を置いた。

「いえ。これ、確認お願いしますね」
『ええ、ありがとう』

私が資料の一部に手を伸ばそうとした時、七海ちゃんの声が私を呼び止めた。
「長江さん」
『うん、まだ何かあった?』

私が尋ねると、七海ちゃんはそれには答えずに私を見つめた。
私よりも年下なのに、こういう時の女の視線は鋭いもので、どこか嫌な予感がした。


「長江さんは、今日蛯原さんと一緒にクライアントと打ち合わせでしたよね?」
『え、ええ…』
私がそう答えると、七海ちゃんは細い眉をつり上げる。

(な、何…?)

彼女の迫力に気圧されながらも、私は言葉の続きを待った。

「どうして一緒に帰ってこなかったんですか?」
『…え?』
「一緒に仕事をしてるのに、どうして一緒に戻ってこなかったんですか?」

『それは…』
(蛯原さんを怒らせちゃったからで…)

と言うのも躊躇われ、私は逆に質問をした。

『七海ちゃんは、どうして私たちが一緒に帰ってこなかったって知ってるの?確か、七海ちゃんも外で仕事があって私より遅く帰ってきたのに』

尋ねると、彼女はすらすらと答えた。


「私も外でクライアントと打ち合わせでした。移動中に、蛯原さんがひとりで歩いてるのを見たんです。でも深刻そう、というか悩んでるような表情をしてたので、声は掛けなかったんです、けど」

『…けど?』


その続きを聞くのは少しだけ躊躇したけれど、やっぱり気になる。
「…私、見たんです」

『……見た?』




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