馬鹿、とっくに好きだよ




――“悪いけど、キミには女としての魅力を感じられない”
『…康一さんっ…!』
夫の声が響いて、私はがばっと起き上がる。
『……夢か』

目が覚めてあたりを見回すと、そこは自分の部屋ではないことに気付いた。
隣では、相葉が気持ちよさそうに眠っている。
(そっか昨日私、相葉と……)
ふう、とため息をひとつこぼして、ベッドに倒れこむ。
その衝撃のせいなのか、隣で寝息を立てていた相葉の瞳がゆっくりと開いた。

「ん…柚月…?」
いかにも寝起き、と言った様子の彼はどこか幼く見えて、私は相葉に向かって微笑んだ。
『…ふふ、寝癖、ついてるよ?』
そう言って、私は寝癖を直してあげようと彼の髪に手を伸ばす。
「……」
『…きゃっ!』
その、彼に伸ばした手が、不意に掴まれる。
手首を掴まれ、そのまま彼の方へ引っ張られる。
彼の胸へと抱き寄せられて、なんだかホッとしてしまう自分がいて。

…こんな関係、続けてちゃいけないのに。
たとえば、私には帰る場所があって、夫がいるのに、相葉は私のことを好きだって言ってくれて、私のわがままにも甘えにも付き合ってくれる。
たとえば、こんな関係を持つようになってから彼はふたりきりのとき、私を「柚月」って…苗字じゃなくて名前で呼ぶようになっても、私はずっと「相葉」って、苗字で呼んでる。

ため息を零しそうになったとき、机に置いてあった私の携帯が震えた。
『あ……』
電話をかけてきた相手は夫である康一さんだった。

出ようか躊躇う私に、相葉は出てあげたら、と言うように私を手で促した。
優しい相葉にまた甘えて、電話に出る。
……ほんとに、こんな関係を続けてちゃだめ、なのに。

…それでも何も言わない相葉は、電話に出る私を見つめている。
視界の端に映ってるけど、気付かないふりで電話に出る私。

『もしもし、康一さん?どうしたの?』
「ああ…悪いが、家に忘れ物をしてしまって。キミは昨晩友人の家に泊まる言ってたけど、今から家へ行って忘れ物を会社まで届けてくれないか。会議があるんだ、早くしてくれ。それじゃ」
『ちょっと…。ああ、切れちゃった』

「何、大丈夫だったか?」
電話を切り、ため息をつく私に心配してくれる相葉。
『……』
まだ帰りたくないし夫にも会いたくない私は、夫の急用だと分かっていながら言い出せない。

「…柚月、無理しなくていいから。な?」
そう言ってニカッと笑ってみせる相葉の笑顔はどこか影を含んでいて。

(相葉……)
私は彼の笑顔に促され、口を開いた。

『家に忘れ物したらしくて…取りに帰って、会社まで届けて欲しいって言われたの』
私がそう言うと、相葉は納得したように頷いた。

「だったら、早く行ってあげないと…旦那さん、急いでんだろ?」
『……』
優しい彼に促され、私はここを出る準備を始める。



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