18


東館は入院患者がいる。深夜とはいえ、起きている患者もいるだろう。呪霊操術で何体か呪霊を出し、周りの低級呪霊を祓わせる。
今のところ四級三級の呪霊しか出会っていないが、確実に一級レベルのモノがいる。問題は何処にいるか、だ。

入院患者を盾に取られるのが不安だったが、それよりも前に私の呪霊で一掃していく。
私は呪霊の消えた廊下をただ歩くだけだ。
四階、三階、二階、出会った呪霊をひたすら祓っていく。数は多いが大した事はない。蟻の群れを象が踏み潰すように、有象無象達は一瞬で消えていく。

一階、明らかに結界が張られている空間がある。一見真っ白な壁だがほのかに残る残穢と、結界から微妙に漏れ出ている呪霊の気配。やはり呪詛師が確実に関わっていることになる。
結界で完全に気配を消す予定だったが、呪霊の気配のが強いらしい。話によると一級呪霊がいるらしいから、この気配はそれだろう。この程度の結界だ、呪詛師は問題じゃない。

携帯を開きなまえに一言連絡を入れる。こういう時悟は一人で行くんだろうが、報連相は基本だ。

メールを入れた後、手を結界にかざす。グッと手に力を入れると、結界は軽い音を立てて割れて、向こう側の階段が見えた。地図にはない地下室か。
途端に感じる呪霊の気配。一級以外にもいるから今までのようにはいかないだろう。




見つけた呪霊に手当たり次第氷塊を当ててサクサクと祓っていく。一級が居るとは聞いてたけど、出会うのは三級四級、ごく稀に二級。
ふと思い立ち、細く長い氷塊を作る。ワラワラと動く呪霊、ここだ!
狙いを定めて一気に氷塊をぶつける。一体、二体、三体、四体。見事呪霊の串刺しの出来上がりだ。夏油さん食べるかな。
まぁ冗談はさておき、呪霊の腹に刺さった氷塊を起点に全身を凍らせる。パキパキと音を立て凍った串刺しは、バランスを崩し倒れた瞬間にヒビが入り、呪霊は跡形もなく消え去った。
マナーモードにしていた携帯が震える。夏油さんからメールだ。

「東館一階踊り場に結界あり。壊して中に入る。一級呪霊数体の呪力を感知」

西館何もないなと思ったら東館だったらしい。
院長室にあったパソコンメールを手早く印刷して、夏油さんのいる所に向かう。夏油さんなら大丈夫だと思うけど、ここには入院患者の生気を吸い取った呪物が存在するらしい。なるべく急がないと。

近づけば近づくほど、呪霊の気配が強くなる。まずいかも知れない。
意を決して地下室のドアを開けると、余裕そうな一級ーーいや特級と言っても過言じゃないーー呪霊と呪物、低級呪霊に人質にされている病院の院長、そして呪霊を消してサンドバッグになってる夏油さんがいた。

「手を出すな!」

私を認識した夏油さんの鋭い声が飛ぶ。

「院長が人質に取られている。迂闊に動くな」
「え、でもその人」
「非術師だ」

低級呪霊に人質に取られている院長は、呪物(小さな木箱)を手に部屋の隅で震えている。小声でやめてください、来るな、やめろ、などとよく分からないことを言っている。視線は夏油さんと私にしか向いていないことから、呪霊は見えていないのだろう。

「呪物崇拝だ。裏で手を引いている呪詛師が」

話の途中だと言うのに特級呪霊に吹き飛ばされる夏油さん。軽く血を吐いているから不味いかもしれない。
特級呪霊の意識が夏油さんに向いてる間に氷塊を作る。それを人質に取っている低級呪霊に向け飛ばす。
しかし、飛ばした氷塊は何か壁に当たり弾かれた。

ここにも結界か。地下室の入り口と同じ残穢。しかし呪詛師はいないし、明らかに入口よりも強い結界。多分呪物が独自に展開する結界なんだろう。

私が氷塊を飛ばしたことに気づいた低級呪霊は脅しをかけるようにゆっくりと院長の首を絞めていく。
適当に隙を使ったタイミングで院長が逃げ出してくれるのがいいが、この調子じゃテコでも動かなさそうだ。
諦めた私は氷塊を特急呪霊に向かって打ち出す。身をかがめて氷塊を避けた呪霊は、足(?)を曲げた勢いを使いこちらに飛んでくる。お、近接タイプか?
血刃を作り右手に持ち、こちらに飛んでくる呪霊に迎え撃つ。

近接に関して、ここ数日で化け物のような人にゴリゴリに鍛えられたのだ、正直負ける気がしない。
慌てた夏油さんの声が聞こえるが、申し訳ないけれど無視させてもらう。右腕をこちらに突き出しやってくる呪霊を血刃で袈裟斬りにした。
真っ二つに割れた呪霊は言葉のようなものを発しながら消えていった。

あとは低級呪霊だけだ。
視線を呪霊に向けると焦った様子で院長の首を更に締め上げる。院長はもう虫の息だろう。
私が結界に触れたタイミングで、コキリと首の骨が折れる音がした。

院長の死を確認した途端、一気に結界が弱くなった。院長の生気を吸い取り結界の強度に当ててたんだろう。しかしその当ても消えた。少し力を入れただけで結界は割れる。
仕留めるか、と氷塊飛ばそうとした時、結界が割れ、私の身の丈ほどある呪霊がばくりと低級呪霊を食べた。呪霊操術かな。夏油さんを見ると、先程の呪霊を従えながら、私に敵対意思を向けている。
え、なんで?

「手を出すなと言っただろう」

腹の底から出たような夏油さんの声は、明らかに私に対する敵意が含まれていた。

「言われましたけど、あのままだと二人揃ってやられてたかもしれませんよ」
「隙をみて助け出せた。あの場で彼を諦めるという判断をするのは早計すぎる」
「院長は呪詛師と通じてたんです。彼は呪物を奉り病院で保管していた。呪物は患者の生気を溜め込み呪霊に力を与える。多分呪詛師が集ってきたザコを祓ってたんでしょうけど、一級呪霊が発生して逃げた」

印刷してきたメールのコピーを夏油さんに向ける。そこには呪詛師とのやり取りが記されている。2年前のメールには、呪物を受け取ってから病院での怪奇現象に悩まされなくなったという感謝のメールが記されている。

「彼は利用されてただけだろう!」

紙の束を夏油さんに向けた時、呪霊によって私の右腕の一部が消える。
先程低級呪霊を食べてた呪霊が、腕とほぼ同じ大きさに縮んで私の右腕を食べていた。
気づいてギリギリで避けたから一部で済んでたけど、これ下手したら丸っと腕が消えてたのでは?

無言の時間が続く。
私から動く事はないし、ここで謝罪しても何にもならない。というか、私は間違ったことをしたつもりはない。

ふと、夏油さんの呪霊が消える。フラつきながら立ち上がった夏油さんは出口に向かって歩き出す。

「…肩貸しましょうか」
「必要ない」

私の前をゆっくりと歩く彼は、こちらに一瞥もくれない。嫌われてしまったんだろう。

車に戻ると補助監督さんに驚かれた。特級二人で向かって二人ともそこそこ大きな怪我をしている、余程の相手だと思ったんだろう。心配して色々声をかけてきてくれたが、途中で私と夏油さんのあまりに空気に気づいたのか、車内には補助監督さんが気を利かせてかけてくれた音楽だけが流れていた。
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