有耶無耶にするには、寝ちまうに限る。
投げやりの極みとしか言いようがない方法だが、俺はとにかく寝ることにした。功を奏したんだかそうでないんだかさっぱり分からないが、余計なことを口走ることなく我が家に辿り着くことが出来た。
なんやかんやで日付が変わる少し前。高校生でもそろそろおやすみの頃合いだ。コナンの歳なら言うまでもないし、第一こいつは怪我人だ。そんな風に言いながら、余計な会話を避けて就寝準備に入った。蘭の部屋で寝かせるわけにも行かないし、居間にいられても何かと都合が悪い。となれば、俺の部屋しか場所はない。ベッドに腰掛け所在なさげに足をぱたぱたさせるコナンのために、床に布団を敷いた。そこではたと気付く。
「そういえばお前、着替えは?」
「えっ、あ、その、急にこっちに来ることになったから、用意してなくて……」
そりゃあ確かに『急なこと』だからな。苦い笑いが溢れそうになるのを押し留める。
とはいえ、ガキの頃の新一の服でも適当に持ってきてくれりゃあよかったのに……なんて思ったものの、流石にそんなもん着てたらあまりに新一らしすぎて誤魔化せねえか。
俺はクローゼットを開けて、上の方に積んであるダンボールをいくつか下ろす。その中から、英理が大事に残していた蘭の小学生の頃の体操服を引っ張り出した。入るだろ、多分。コナンは赤くなったり憮然としてみたり、百面相を繰り広げて忙しない様子を見せた。まあ、思春期だもんな、なんて思いながらざっとシャワーを浴びに行く。烏の行水と言う他無いほど手早く済ませる。
そっと扉を開けてみれば、未だに着替えていなかったコナンが座り込んでいた。まだやってたのかと笑いが溢れる。結局代替案がないことに諦めがついたのか、腹をくくるなりさっさとそれに着替えた。
「お、着替え終わってんな」
いかにも今戻りましたよ、といった雰囲気で声をかけてやればコナンはばっと振り返る。
自分の様子を改めて思い直し、少し気恥ずかしくなったのか押し黙るちびっ子に情けをかけつついつもの調子で話しかける。
「サイズは?」
「大丈夫」
「よし。んじゃあ、寝っか」
「うん…………、」
俺は照明のコードに手を伸ばす。そしてそれを引っ張ろうとした瞬間。
「ッおっちゃん! 話があるんだ!」
「お、おう……?」
コナンから、「待った」がかかった。
せっかくすっきりしたというのに、再び嫌な汗が背を伝う。
なんだ? やっぱり有耶無耶にしきれなかったか?
自分が被害者になった事件で、子供と言えど一切後処理に関わらなくていいなんて有り得ない、なんて糾弾されてみろ。俺は一切この場を切り抜けられる言い訳なんか用意してないんだ!
しかし返ってきたのは俺の想像とは異なる、とはいえそれ以上に衝撃の発言だった。
「俺、俺は、……っ工藤新一なんだ!!」
――まさかの、真実。
絶句した。予想外にもほどがあった。
まさか、まさかコナンになった初日に俺に正体をカミングアウトするなんて。
『適度に原作に沿いつつも、目覚めたままで探偵役をこなしていけるようにする』、そんな俺の予定を真っ向から打ち砕く展開だ。
どうすればいい?
それほど回るわけでもない頭はフル回転する。俺は一体どうするべきなのか。
だが、その前に。
決死の覚悟を決め、勇気を振り絞って俺に真実を告げた、小さな探偵には。
「それから?」
出来る限りの落ち着いた、揺らぎのない声を返した。
こんな悪趣味なファンタジーに巻き込まれた、酷い不安を抱えた少年に俺が出来ること。
――情報を揃えろ、そしてあらゆる可能性を考えろ。
いつも伝えていたことを、まずは体現しろ。
どこか泣きそうで。けれど、確かに強張っていた口の端を緩めて。
コナンは続きを話しだした。