軋識さんが重々しげに言う割には、一瞬視線を交わした弟妹は苦笑を溢している。
その噛み合わない反応に、一体どんな話なのやら、と心中ひとりごちながら私は温かなマグカップで両の手を温めつつ続きを待った。
先陣を切った言葉は中々端的で、かつ全容などこれっぽっちも分からないものだった。
「沢田少年に家庭教師がついたっちゃ」
家庭教師、て。
シリアスな雰囲気の中に現れるには、随分と平穏な響きである。
どうにも『軋騎さん』に引き摺られて鳴りを潜めていた軋識さんらしい愉快な語尾の拍子抜け具合に似合っている。
……似合ってはないか。まあ、ともあれ私はそのフレーズに見事毒気を抜かれてしまったのである。
「はあ。家庭教師、ですか」
「その家庭教師はそいつをマフィアのボスにするんだそうだっちゃ」
「え、ええ?」
「何でしたっけ? ボンゴレ? 本家本元、元祖イタリアンマフィアですよ!」
すっごくないですか!と目を輝かせる舞織ちゃんなのだけれど、それ以前に沢田くんの近々の予定の方がすっごくない?――と思ってしまうのであった。
ともあれ真っ先に浮かぶ疑問としては。
「なんで日本の中学生がマフィアのボスに?」
「アレだアレ、縁故採用」
「もう少し言い方を考えてくれ……」
人識くんのざっくばらんな説明に額を抑える軋識さんは、嘆息しつつも続ける。
「まあ、似たようなもんだっちゃね。ボンゴレファミリーのボスってのは、昔から初代ボスの血縁者しかなれないらしいっちゃ。で、最近他の候補者が全員殺されて、お鉢が回ってきたんだと」
「なるほどねえ」
正直、さも『なるほど、納得!』といった感じにはならないのだけれど、とりあえずそう返しておいた。
軋識さんも私の反応の適当さを感じ取ったらしく微妙な顔になった。けれど解説は続けてくれるらしい。
「で、この沢田家だっちゃが。父親が初代の血縁らしいが、嫁さんはそんなことまるっきり知らないらしいっちゃ」
「えええ……、じゃあ、沢田くんは、」
「もちろん知らんっちゃ」
「どういうことなの……?」
沢田くんの状況が混迷を極めている。
マフィアの血族である意識なんか全く持ってないただの中学生をマフィアにするってこと?
血統主義を語るにしても、さすがに無謀がすぎるのではないか……とボンゴレとやらの上層部の正気を疑った。
「まあともかく、そんな普通を絵に描いたような少年をマフィアのボスにするため、あれこれ手を出し口を出しってのが決まったそうだっちゃ」
「で、わたしたちはその沢田くんとお仲間のなんやかんやを『監視』するのがお仕事なんですって」
「「……『監視』?」」
呑気に放たれた舞織ちゃんの言葉に、私と軋識さんが同時に返した。
訝しげな目を向ける彼と、今度はしっかりと人識くんと顔を見合わせる舞織ちゃん。
なるほど――、と。
怒涛の一日の中でようやく先の展開を察することができたのは唯一このタイミングくらいだ。
潤さんがそれぞれどんな風に聞かされているかわからない、と言ったのも道理。ほんとにお互い全く別口から巻き込まれたらしい。
私は『沢田くんたちを相手に教鞭をとる』。
舞織ちゃんと人識くんは『沢田くんたちの監視』。
そして軋識さんは、どちらとも異なる依頼を受けているわけだ。
「軋識さんの役割は、聞いてもいいんですか?」
窺い見れば、軋識さんは相変わらず渋面を浮かべたまま回答をくれた。
「俺は『今後ボンゴレファミリーが玖渚機関と提携を結ぶに値するかを見定めろ』と頼まれてるっちゃ」
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