先輩から言ってくれるまで僕待ちます


※モブ年齢操作あり



同じ会社に務める後輩の
影山茂夫くんと私はいわゆる
"曖昧な関係"というやつだった。


一年前、影山くんが入社した時、
その教育係を任されたのが私だった。

緊張して
ガチガチに固まっていた影山くんを
リラックスさせるために私は、
プライベートな話を織り交ぜながら
彼に接すると、
実は近くに住んでいた事や
同じ中学に通っていた事が判明し、
数々の共通の話題を見つけた私達は
すぐに打ち解けた。

それから何度も仕事で接するうち、
あれよあれよという間に
お互いの距離感は段々と近付き、
今では休みの日は
よく一緒に出かけるし、
二人で飲みに行く事もある。

しかし、付き合ってはいないのだ。

だが、
影山くんが私に好意を抱いているのは
なんとなく分かる。
そして、私もそんな影山くんが好きだ。

でも、お互いの口から
「好き」という言葉が出た事がない。

なんとなく理由は分かる。
影山くんは恐らく、重度の奥手だから。
対して私は変な所で意地っ張りだから。

だって、"年上"で、しかも"女"の
私から「好き」って言うのは
なんだか"負け"な気がする。

でも、この曖昧な関係をずるずると
引きずっていくのもどうかと思う。
私自身が辛い。

最近では
影山くんと目が合うと、
なんだか胸が締め付けられ
わざとらしく目を逸らしてしまう事も多々あった。

きっと、もうこれは重症だ。

病名は、
影山くんが好きだけど変なプライドが邪魔して、好きって言えない病。

うん。長いけど、中々しっくりくる。


『はぁ…、』


そんなこんなで、
頭の中のモヤモヤがピークに達し、
ついに仕事が手につかなくなった私は
給湯室に移動し、
薄い紅茶をズルズルと啜っていた。
パッケージに書かれた通り、
ちゃんと1分蒸らせばよかった…。薄い。


「あ、」

『あ、』

ティーパックのパッケージを
ぼーっと眺めていると、
給湯室に、私の頭の中のモヤモヤを
作っている元凶の人物、
影山くんが入ってきた。

なんてタイミングだ。驚き過ぎて
2、3歩ステップを踏んでしまった。

「…お疲れ様です、名無し先輩。」

『あ、うん、お疲れ様。』

私はそそくさとその場を後にするため、
味のしない薄い紅茶を一気に飲み干すと
空になった紙コップをゴミ箱に投げた。

『じゃあ、』
と影山くんと目を合わす事もなく、
彼の横をすり抜けた。

…すり抜けたはずだった、が、
影山くんの手が私の腕を掴んで
それを阻止した。

『えっ、ちょ、影山くん…』

「なんで、最近
僕の事避けてるんですか。」

ムッとした表情で影山くんが
私を覗き込んできた。

『べ、べつに、避けてなんか…』

「じゃあ、なんで
目、合わせてくれないんですか?」

影山くんの両手が
私の頬を包み込み、上を向かせた。

『影山、く…』

「名無し先輩、
僕の事、嫌いですか?それとも…」

視線がかち合うと、
影山くんの顔が徐々に近づいてきて、
私は咄嗟に目を瞑った。

すぐ近くに影山くんの息遣いを感じる。

しかし、待てども待てども
予想していた唇への感触が
訪れる事は無かった。

『………?』

恐る恐る目を開けると、
悪戯っ子の様な笑みを浮かべた
影山くんが私を見つめていた。

「キス、されると思いました?」

『なっ…!!』

ふふ、と笑った影山くんは
私から距離をとると、
少し緩んだネクタイを引き上げ、
余裕のある笑みを浮かべながら
私を見下ろした。

これのどこが奥手男子なんだ…
誰だ、彼が重症の奥手と言ったのは!
……あ、私か。


「先輩から言ってくれるまで、
僕待ちます。」


私の方に背中を向けて
何事も無かったかの様に
給湯室を出ていこうとする影山くんに
私の中で何かがプツンと切れた。

『あー、もういいよ、
今回は私の完敗だよ、影山くん。』

「??」

私の声に再び振り返った
影山くんの頬に私は手を伸ばし、
さっき自分がやられた様に両手で包み込んだ。

グイ、と引き寄せると、
前屈みになった影山くんの瞳が
真っ直ぐに私を捉えた。

『好き。』

「っ!?」

私は踵を上げ、背伸びをすると、
真っ赤になりながら目をまん丸くして
固まったままの影山くんの唇を塞いだ。






END




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