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 血生臭いその臭いは部屋の外にまで漏れていた。廊下にも点々と血の跡が付いている。意を決して客間の襖を開くと、布団が敷かれたそこに山崎が横たわっていた。
 布団と言っても彼の体内から流れる血によって見るも無残な姿にされている。人払いがされているのか部屋の外には誰もおらず、中にも近藤さんしかいない。まあ真選組に、俺のほかに医療の心得なんてある奴がいたら顔を拝みたいものだ。

「おおトシ、来たのか!」
「……近藤さん、少し静かに」

 一見して、特に出血が酷い右肩の辺りに腰を下ろした。
 外科だの救急だの、正直に言えば完全に門外漢だったのを、真選組を立ち上げてから学び直した。特に理由はなかった。正確には、理由をつけなかった。存在意義だなんて、青くさく語るのも気恥ずかしい。けれど俺はそれを必要としていたのだと思う。この身体に生まれ変わったその瞬間から、今のいまでさえ。
 座布団を丸めて傷口を高い位置にしてやってから、ガーゼをあてて圧迫する。

「……近藤さん、ひとつ頼まれてくれるか」
「あ、ああ。何をすりゃいい」
「俺の私室から取ってきてほしいものがある」

 必要な器材をいくつか挙げると、近藤さんは飛び出していった。あの人は他人が苦しんでいるとき、代わってやりたいと本気で思ってしまう人間だ。何か役割があったほうが、気も紛れるだろう。
 それにしてもやはり、こういうときのために専属の医者を付けたほうがいいんじゃないかと思ったが、口に出したらおそらく近藤さんは「トシがいるじゃないか」と真顔で言いそうだ。いまこんなことをしているから尚更だ。
 けれど、俺が手を出さないわけにはいかなかっただろう。山崎は俺を呼んでいたのだから。本人が何と言っていようとも。
 そうしているうちに辛うじて血も止まり、俺と近藤さんはほっと息を撫で下ろす。山崎の頬も、青白かったのが段々と赤みを取り戻してきた。しかし未だに呼吸は浅く、一朝一夕には目覚めはしないがとりあえず生きていればいい。

「よかった、よかったぁぁぁぁぁ!」
「ちょ、泣くなよ近藤さん暑苦しい離れろ!」

 近藤さんは泣き疲れるまでこの調子だった。子供か。
 屯所ではある程度の処置はできるが、薬はない。熱も出るだろうし、夜が明けたら病院に行かせよう。

「……そういや、誰が山崎を討とうとしたんだ」
「総悟が言うには、見つけたときには既に誰も居なかったらしい」

 そもそも総悟が嘘を吐いてる可能性も無きにしもあらずだが、それは考えないとして。

「山崎が起きるまで待つしかないか」

 大きく息を吐くと、思いのほか肩に力が入っていたことに気がついた。

「トシもお疲れさん。折角休みにさせたってのに、結局働かせちまった」
「何言ってんだ。これくらいしか今俺に出来ることはないんだから」
「バーカ、お前がいなかったら俺らはまともに歩けやしねえってのに」

 近藤さんはどうしていつも俺がほしい言葉をくれるんだろうか。内心驚いて、顔を背けた。ほかに人がいなくてよかったと心底思う。

「……近藤さんも、気をつけろよ。今度出張あるだろ。山崎が誰にやられたのか知らないが、あいつが狙われたってことは、俺も、近藤さんもそうなる可能性はあるんだから」
「そうだなあ。ま、なんとかなるさ」

 あっけらかんとした物言いにため息をついた。

「言っとくけど、アンタが死なないのが第一条件だからな。誰を犠牲にしてでも生き残るのが局長の責務だ」
「でも、そうならないようにトシが色々動いてくれてるんだろ」
「……俺が一緒に行けないんだから、予め手を尽くすのは当たり前だろうが」

 あの人も馬鹿だ。俺は使えるものはなんでも使う。俺自身の過去も、経歴も、あんた自身も。俺は、俺たちはのし上がりたいわけじゃあない。俺たちは正しいやり方で俺たちらしく成し遂げたいだけだ。
 そんなことを考えているうちに、気が付いたら山崎の布団の隣で寝てしまっていた。

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