突然だが俺は食堂で立ち往生していた。目の前でミカサが手作りらしきクッキーを俺に差し伸べている、のをミカサの背中越しでエレンが青い顔をして見守っている。食べればいいのか。

「これは、ミカサが作ったのか?」
「……そう。あなたに、食べて欲しくて」

俺の背後で104期の誰かが可愛いと欲望のままに呟くのを聞いた。確かに言葉面だけ聞けば可愛いしうん見た目も可愛いのだけれど。エレンはミカサの後ろでぶんぶんと首を振っているのだ。アレか、メシマズなのか。いやでもだからと言って回避するのは男として如何なものだろうか。

「食べたくないなら、いいけれど」

ほらそんなこと言ったら食べざるを得ないだろうが! しょんぼりしながらも健気にクッキーを持つ手を引こうとするので、仕方が無い食べるっきゃねえと最早巨人に挑む覚悟で彼女の腕を引き寄せてそれを食べた。いやはや訓練兵団を首席で出たとは思えないほどにその手首は細いので、思わず強く握りすぎたかもしれない。

「……!」

食べてしまうと普通のクッキーだった。エレン嘘吐いてんじゃねえよ美味いと感想を言おうとしたのだが、その前にミカサの顔を見るとらしくないほどに真っ赤に染まっていたのに俺もひどく驚いてしまい、結局しばらく俺は彼女の手首を掴んだまま、ミカサは顔を赤くしたまま硬直していたのだが、そこを(俺にとって)運悪く通り過ぎたハンジとエルヴィンが春だねえと揶揄するように俺の肩を叩いたので二人纏めて蹴ってやった。

床に屍と化した二人は放っておいて、ミカサの手首をようやく離してやる。

「あ、すまない。手首痛むか?」
「大丈夫。……あの、食べてくれてありがとう。その、」

あなたに食べて欲しくて、練習したの。その後何が起きたのかここには記述出来ないが、一つだけ言うとするならば、そこまで言われても何も思わない俺ではない、ということだけだ。


君の幸いが君の手にある
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