今まではもう少し自由だった、そう私は皆が幸村君の病室を訪れる中いつも思った。それはえらの無い魚の気分だった。緊張感という名の息苦しさは立海レギュラー全員に蔓延している。思い返してみれば、幸村君は優勝を強く欲してはいたけれど、俺達にそれを強要はしていなかった。しかし病床に居る幸村君が確かにそれを望んでいないと言えるのだろうか? 分からない。答えは幸村君にしか知りえない。私達はわざわざ寝込む彼にそういう“追い詰めるようなこと”を問いかける愚行は犯せないのだ。

テニス部の中でもあまり幸村君に良い印象を持たない奴が一度だけ、計ったのかそうではないのか、私達の前でこう言ってのけたことがある。「神の子は長生きできない運命にあるんだ。」私にはそれがただの批評に聞こえたのだが、皆の耳には悪口に聞こえたらしく、ひどく怒っていたのを眺めていた。

そう私は眺めるだけで、彼の言葉に怒りも不安も抱きはしなかった。以前から私は自分のことがひどく人間として不完全なのではないかと思っていたが、そのときその疑問は確信へと変わった。無論前世でそんなことは無かった。人並みの感情と感性は持ち合わせていた。だがしかし今この丸井ブン太という名前の私には当たり前であったはずのそれらは全く無い。前世であれだけ親しかったはずの彼が倒れたときも、悪意ある発言が彼に対してされたときも、私はそれを傍観することしか出来なかったのだ。

だから、痛み分けくらいは許してくれるだろう。神様は私の感情を封じた代わりに一つだけ願い事を叶えてあげようと云う。しかし幸村君の病状の回復を叶えることは出来ない。それならば、彼の痛みを分かち合うことくらいはさせて欲しい。私だって折角生まれ変わったこの命を、皆に必要とされたいんだ。

春が私を急き立てるから/落伍/静観
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