そう言えば、彼は得たり、といった顔で頷いた。……まさか、それだけを聞くためにここに現れたわけではないだろう。「それで、用は何なん?」聞くと、彼は少々考えあぐねるように顎に手を置いて俯いていたが、しばらくするとこちらを真直ぐ見据えた。



「君の考えている通り、幸村精市は朝比奈巡だ。君が死んでからも健気に君を想って、この世界にまで追い掛けてきた正真正銘の、馬鹿だ。無論、中身が誰で在れ、彼は幸村精市だ。君も知っているだろう彼の病は既に、彼の身体を脅威の速度で蝕んでいった。君はこの大会で優勝したし、君達二人は結局今年の夏に直接戦うことは無かった」



そこまで彼が一息で言うと、ひとつ呼吸を置いて再び話し始める。かく云う俺はというと、俺の想像していたものの斜め上を飛んだその話を聞くだけで精一杯で、考察している余裕とか、疑問を返す暇だとかはなかった。



「だが   彼は幸村精市で在る前に、朝比奈巡という存在だ。彼、勿論君もだが、本当ならばこの世界にはいるはずのない人間、否人格というべきだろうか。幸村の病気は限りなく近い未来快方に向かって、おそらく、すぐに退院できるだろう。……話が逸れたが兎に角、君がいくら白石蔵ノ介に成り切ろうとしても本物とは天と地ほどの違いがあるし、彼に至ってはこの世界がまさか紙の上だとは知らない。そんな齟齬が、君達二人によって生まれて、まあ単純に云えば、この世界は君の知らない“可能性”へ収束しようとしているんだ」

「……つまり?」

「運命なんて、この世界には無い。君が、君達が優勝できる可能性も十二分にあるっていうことだよ。私はそのことを君に知らせに来たんだ。君が随分思い悩んでいるようだったからね」
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