1周年リク
9と3/4番線の恋人
運命の人なんてお伽噺の中だけさ!ジェームズの言葉を信じ切っていたわたしでも、そんなの嘘だって言い切れるくらい素敵な出会いに心震えていた。

「はぐれてしまったのかい」

列車の窓から、困ったように見下ろしてきた貴方。普通なら鈍いはずの鳶色がつやつやと輝いて見えたのをとても覚えてる。コンパートメントのドアから差し込んだ光がやわらかく男の子の周りを照らしていた。

「従兄弟のお見送りに来たんだけど、彼はさっさと何処かへ行ってしまったの」
「なんだ。君も僕と同じ新入生かと思ったのに」
「入れてくれるのなら今からだって喜んで行くわ!でもね、年がちょっと……ほんのちょっとだけ足りないみたい」
「へえ、ちょっとね」

くすくすと笑いながら、「残念だ」と呟いた男の子は窓の桟にさっきよりも近づいてちょっとだけ窓から乗り出した。

「従兄弟を探さなくていいの?」
「わたしのこと子分としか思ってないんだもの、別に探してやらなくてもいいわ」
「見送りに来るまでは忠実だったのに、急に謀反するなんて親分も吃驚だね」
「いいの。いつまでもちっちゃな子分って思われても困るから」
「確かに君は可愛らしいね」
「馬鹿にしてる!その内もっともっと大きくなる予定なんだから!」
「身長だけじゃないよ」

やっぱりくすくす笑う彼は、新入生だから一緒にコンパートメントに乗る友人がまだできなくて暇を持て余していたらしい。友人なんてこれから作るものでしょう、と言ってみれば「君が第一号かと思っていたんだけど、友人って枠じゃないみたいだね」と頬を掻きながら男の子は照れくさそうに言った。

「じゃあ、どんな枠?」
「なんだろう。今は枠に定まっていないかもしれない」
「なあにそれ」
「会ったばかりだからね、難しいところさ。」

新入生ということは従兄弟のジェームズと同い年なわけだけど、全然同い年に見えやしない。ジェームズよりもいくらか年上に見えるのは顔や手にうっすら見える傷跡のせいかしら。それと、物腰が柔らかい。やっぱり紳士的な人って小さい頃からそうなんだろうな。ジェームズは逆立ちしても彼と同じようになんてなれそうにない。大人しそうな顔つきなのに意外と話し上手な彼に乗せられて、列車の汽笛が鳴るまで他愛もない話をする。少し見上げるのが辛いけど、しょうがない。わたしはまだホグワーツには通えないもの。話せば話すほど初めて会った人とは思えなくて、この距離を縮めてしまえたらいいのにと本当に思った。そんなことを思ったせいか、列車の汽笛が大きな音を響かせた。もうすぐ出発するらしい。

「もう、行っちゃうのね。」
「そうだね…あっという間だ。」

楽しかったよ、ありがとう。そう言って手を差し伸べてくれた彼の手を少し背伸びして握り返す。

「また、会えるといいね。」
「うん!会えたら嬉しい!」

列車がもう一度汽笛を鳴らす。そっとほどけた手は何だか名残惜しくて、もう一度掴みたくなった。それでも優しげな表情で手を振る彼はゆっくりと離れていく。ああ、なんで。なんでわたしは彼より年下だったんだろう。ジェームズと歳が逆だったらいいのに。そんな有りえないことを思いながら泣く泣く9と4分の3番線を後にした。




*



あれから1年。こっそりポケットに忍ばせていた手鏡を覗き込む。やっぱり頭のてっぺんからふわふわと居所の見つけられない髪の毛が遊んでる。櫛で梳かして撫でつけたってなんの意味もなかった。外へ出てしまった今ではなにもできないじゃない。わたしの髪の毛は何の言う事も聞いてくれやしないんだから困っちゃうわ。

「そんなベッタリ撫でつけても意味ないさ」
「いいの。わたしはジェームズみたいに自分の髪型の可能性を諦めていないのよ」
「安心していい。うちの家系の髪質は上品な髪質とは無縁の一族だ!」
「そんなこと言って血筋で括るのならどこまででも括れるわ。だって、魔法族はどこかしら遠縁で血のつながりがあるもの」

緩んだ深緑のリボンをしゅるりと解く。別れを惜しむ人々の間をぬうように歩きながらリボンを結び直した。もうちょっと上のが良いかしら。あんまり下過ぎても彼からはよく見えないかもしれない。ねえ、ジェームズはどう思う?そう聞こうと思って口を開いたけれど、肝心のわたしの従兄弟さまはさっさと進んで懐に忍ばせていた花火を数両先のコンパートメントの窓から中へ投げ入れていた。嬉しそうに逃げ帰ってくる様を見て、思わずため息が出る。二つも年が違うのにどうしてこの人はこんなに子供っぽい悪戯ばかりするんだろう。突然弾けた花火に驚いた9と4分の3番線にいる人たちは「誰だ?!校長に訴えるぞ!」と息巻く人もいれば、やんちゃだなあと苦笑いする人たちでざわついていた。

「じゃあ、クリスマス休暇にでもまた会おう!」
「どーせ今年も帰って来ないんでしょ。」
「さあね、友人たち次第かな」
「そうやって帰って来ない理由を友人になすり付けるのってどうなのかしら。」
「あと1年の辛抱さ、紗希乃。1年さえ我慢すれば晴れてホグワーツの生徒になるんだろうから。そうすれば僕ともいつでも遊べるし、君の言う運命の相手とやらにも毎日会えるわけだ。」
「そんな自信満々に言っておいて入学できなかったら一生恨んでやるんだからね!」
「おお、怖い怖い。さて、我々も暇じゃないんでね。新学期を迎えるにあたってのお祭りの準備をしなくては!」

やたらと演技かかった物言いで、"我々"と言ったジェームズの奥には高そうなシャツを着た男の子と気の小さそうな男の子が立っていた。おかしいなあ、いつもは4人で行動してると言っていたのに一人足りない。そんなことを考えながら、またもや花火を手にしているジェームズに向かって適当に手を振った。名目上のジェームズのお見送りはやり遂げた。これで叔父様や叔母様、両親に文句は言われないでしょう。終わってから自由行動をしてはいけないと言われてないもの。さっきよりも高い位置で結んだ深緑のリボンをもう一度きゅっと締めて、ワンピースのスカートを手ではたいた。顔だってちゃんと洗ってきたし、変な所がないようにチェック済みだ。去年よりもちょっぴり伸びた身長は彼と向き合うのに良いかもしれない。1年越しの再会はできるのかしら、人の増えていくホームを列車沿いに歩いて先頭車両の方へ進んでいく。去年、彼を見つけたコンパートメントは先頭の方だった。また居てくれることを願いながら、ひとつひとつ窓を覗き込みながら歩いた。どこにもいない。向かい側のコンパートメントに乗ってしまったのかしら。わかりやすいくらい、がっくりと肩を落としているのが自分でもわかる。おめかしして、ちょっとだけ高いヒールの靴を履いて、着慣れないふわふわしたワンピースまで着てきたのに……。

「もう一度って思ってたのはわたしだけだったのかも」

そうだ。また会えたらいいね、ってそれだけだったんだ。会おう、とか。待っててとかじゃない。せめて名前だけでも聞いておくんだった。1年経った今、後悔しても遅いけどとっても悔しい。しょうがない、列車が出発するまで見送ろう。会えなくても、きっとどこかに乗ってる彼を見送ろう。そう決めて、丸まった背を伸ばしたその時、「ねえ!」息切れしている声と共に右肩を誰かに掴まれた。

「えっ、」
「やっぱり、君だ……!」

振り返った先に見えたのは、確かに去年見た顔。あの日輝いて見えた鳶色は鈍い色をしているけれど、やっぱり輝いて見えた。でも、もう少ししたら列車は出発しちゃうのにどうしてここにいるの。

「な、なんでここに、」
「それはこっちの台詞さ!今年こそ入学するんだとばかり思ってた!」
「来年するなんて言ってないわ!」
「ちょっと足りないどころじゃないよ!」

列車の中で探してたんだ。息切れを落ち着かせるようにしながら、彼はそう言う。確かにちゃんとした歳は言ってなかったかもしれない。だって、2つも下だなんて言ったら子ども扱いされるにきまってるもの。

「ごめんなさい、ちゃんと言えば良かったのに。」
「謝らせたいわけじゃないんだ。こっちこそ責めたみたいで悪かったよ。」
「ううん。わたしが悪かったの。でも、もう会えないと思っていたから会えてうれしい!探してくれるなんて思ってもみなかったわ!」
「君は忘れてるかもしれないけど、また会えたら、って去年言っただろう?」
「覚えてる!覚えているのよちゃんと!」

ほら、見て!かわいい洋服も靴もリボンも貴方のために準備して来たの。列車越しに会話したあの日から、次に会う時は貴方が困ってしまうくらい可愛くなろうって決めてた。これまでジェームズの後を追っかけて箒にまたがってばかりいたけれど、女の子らしくなろうと頑張ったんだもん。ちょっとの間でも見てほしい。その思いで、彼の目の前でくるりと一周回って見せる。彼はパチパチと何度か瞬きをしてから、やわらかく笑う。

「すぐに見つけられなくて当然だよ。すごいな、女の子って1年ぽっちでこんなに…」

彼が最後まで言い切る前に列車の汽笛が鳴り響く。いけない、もうすぐ出発しちゃう!

「はっ、はやく行かなきゃ!」
「ごめん、来て!」

一番近い車両のドアへ走る彼に手を引かれて、わたしも必死に走る。短い距離でも履きなれていない高いヒールはわたしの息を上げるには十分だった。そうだ、名前…まだ名前を聞けてない。名前だけでも聞きたくて、ホームと列車の段差を乗り越えていく彼の背に声を掛けたら、振り向いた焦り顔の彼の顔がわたしにぐんと近づいた。

「ごめん、先に行って待ってるから」

右頬に触れた温かくて柔らかいそれを、わたしはきっと間抜けな顔で受け入れたんだと思う。離れてく彼の顔が、真っ赤なのにおかしそうに笑っているから。ごめんって何のごめんなの。それに、結局名前を聞けなかった。寮すらわからなかったし。だけど、焦った顔も真っ赤な顔も、頬に触れた柔らかい感触も、去年のわたしじゃ知ることのできない色んなことをたくさん知れた。あと、1年か。待っててくれるのなら、いま以上にならなくちゃいけないね。あと少し、がんばらないと。


数日後、我が家にやって来た2匹の梟はわたし宛ての手紙をそれぞれ持ってきた。片方はジェームズの梟でもう一匹は見たことのない梟だった。2つの手紙を受け取っても2匹は帰ることなくわたしのベッドの柵にそれぞれとまっている。返事がいるのかしら。ジェームズからの手紙を開くと、箇条書きで花火やら爆竹やらの名前がメーカーと共にいくつか並んでいる。何よこれ。年下にねだるなんて…と思っていると羊皮紙の左端に小さく書いてあったのは『とびきりのクリスマスプレゼントを連れて帰る予定』という一言。

「まさか、」

もう1通の手紙はとても綺麗な封筒で、丁寧に封を切って取り出したカードから流れるような文字が目に入る。

『緑のリボンがグリフィンドールカラーになるのを願っています。』

緑のリボン!あの日だ、あの日彼に会うためにめかしこんで行った時のリボンだ。どうして、わたしの家がわかったの。それよりジェームズの手紙は何なの。

「ねえ、なんで!」

詰め寄っても無駄だろうけど、梟たちに向かってたずねてみる。彼らはホーと鳴くだけで、素知らぬ顔だ。そりゃそうだ。鳥ががわかるわけない。可愛いカードの裏を見ても何も書いてなかった。それじゃあ、と綺麗な封筒に指を入れて探ってみる。すると、少しだけ薄い紙が1枚入っていた。

『思ったよりも早くまた君に会えそうです。名前はその時にでも。』

嬉しさのあまりに飛び跳ねた。驚いた梟が羽をばたつかせる。でも、そんなの気にしない、だって彼に会えるかもしれないんだもの。それも1年後なんかじゃなくって、あと数か月もしたら会える!きっと素敵なクリスマスになるに違いないわ!飛び跳ねたままベッドにダイブする。はやく返事を書こう。楽しみにしてますって。ジェームズにはこのメモ書き以外の何かもプレゼントしよう。

返事を書く前にもう一度カードを眺める。そして、さっきは気付かなかったけれど封筒には小さく宛名が書いてあった。


『9と4分の3番線の君へ』


しばらくその名前でもいいから、ちゃんと紗希乃と呼んでもらえる日がはやく来てほしい。そんなことを思いながら流れるその字を指でなぞった。

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