1周年リク
思い出ひとかけ幸せ巡る
「それでねえ、いつもみたいに電話したんだけど何て言われたと思う?!」
「さあ」
「わたしの話聞いてんのヤマケン!」
「聞ーてんだろ」
「それでその返事なんてつまんなさすぎ!」

うるせー。つまんないのは今に始まったことじゃねえだろ。お前の話なんか最初っからつまんなかったっつーの。腕にすり寄ってくる音女の女は、この前の合コンで一緒だったやつだった。買い物の途中で出くわして気が付けば隣りにくっついてきやがる。振りほどこうにも人ごみに紛れても何してもこの女は付いてきた。三バカにでもなすり付けて帰ろうかと思いついたのに肝心の奴らとなかなか集合できない。あいつらどこに言ってんだバカか。

「あっ!見て!」

三バカに匹敵するくらい頭の悪そうな女は、ショーウインドウのガラス越しに何かを指さした。

「あ?なに?」
「何じゃないわよ。あのネックレスかわいくない?!」

女が指さした先にあったのは、ごてごてと宝石のついたネックレス。まあ、ぱっと見て安くはなさそうだけど良い物なのかはわからない。それにしても趣味悪いだろ。そんなガチャガチャしたやつより隣りにあるシンプルなネックレスの方が断然良い。ガキだな、なんてガラス越しに悪趣味なネックレスを見つめる女から目を逸らす。ふと目に入った、1メートルほど進んだ先のガラスケースの中の茶色いものが気になって女から離れる。目の前でまじまじと見つめた茶色いそれは、ふわふわした毛に全身覆われて笑ってんだか怒ってんだかわからない表情でガラスの向こう側に座っていた。

「えー?クマのぬいぐるみ?ヤマケンって子供っぽいの好きなの?」
「ちげーよ」

クマの首回りを色取るリボンと、リボンの中央についたきらきら光る石。なんだかやけにそれが気になっている自分がいた。なんでだ。べつに、どこにでもあるような物なのに。

結局マーボたちには会えなくて、女を無理やり理由をつけて離れることにした。はじめっからこうすりゃ良かったんだよバカはオレか。とりあえず、用事はもうとっくに住んでるから後は帰るだけ。さっさと帰ろう。また変な女に絡まれる前に帰ろう。そう思って歩いてるのに一向に家への通り道までたどり着かない。……おかしい、ここはさっきも通った気がする。ついさっき見たような気のする本屋を思い出すように眺めていると、店先に張られたポスターが目に入る。

「……誕生石?」

誕生石占い、と書かれたポスターを見て真っ先に思い出したのはさっきのクマ。そうだ、あのクマの首に巻かれたリボンに付いてた石に引っかかったのは、馴染みのある色だったからだ。そう。今じゃなくて、"昔は"馴染みのあった色。

『なー、紗希乃。なんでその色の石いっぱいもってんの?』
『おばあちゃんがね、おたんじょう石だからもってたらって!』

ちいさいキーホルダー。子供向けのブローチ。お気入りのぬいぐるみにも。小さい頃よく目にしたそれがひとつひとつ浮かび上がってくる。

『ひとつ大きくなるのといっしょに、ふえてくの。生まれてきてくれてありがとうって、いわれてるみたいですき!』

……あのクマの店、どこだったっけか。


*


図書館が入っている街の複合施設のロビーのソファに腰かけて、ガラス越しに外の景色をぼうっと見つめる。勉強しにやってきたのにこんなところで油を売ってるのにはちゃんと理由があった。さっき、わたしのスマホを鳴らしたのは賢二くんからのメールだった。『今どこ』なんて短いメールに『図書館』とだけ打って返す。可愛げのない返事だと送ってから気づいたけどしょうがない。送っちゃったし。短い言葉には反射的に短く返しがちだよ、なんて一人で無理やり納得する。その可愛くない返事へ返されたのは『そこにいろ』という、これまた短い文。なんだろう、何か用事かな。賢二くんはどこからここへくるんだろう。彼の迷子になる確率を考えるとそう早く来ることはないと思うけど。さすがに図書館を目の前に通り過ぎて迷ったりしないよな、なんて思いつつソファから前の通りを眺めた。外で待つ勇気はさらさらない。だってまだまだ寒いもん。スマホをぽちぽちいじりつつ前の通りも見ていると、一台のタクシーが停まるのが見えた。あ、賢二くん。降りてきたのは待っていた人そのものだったんだけど、彼が手にしている大きな袋に不思議に思った。いつも手荷物少ないイメージだったのに、なんだか今日は大荷物だなあ。なんて、思いながら図書館から出る。

「賢二くーん」

手を振りながら近づくと、なぜかフイっと目を逸らされた。

「なんで?!呼び出したのそっちだよね」
「いや、つい」
「ついってなに!」
「とりあえず、あっち行くぞ」
「賢二くん、公園なら反対だよ」
「……」

賢二くんの言うあっちが公園で正解だったみたい。反対を指さすと、くるりと方向を変えた賢二くんはもくもくと歩いて行く。人を呼び出しておいて目を逸らすなんてとんでもない。なんだか今日の賢二くんはおかしいなあ。やたらと泳ぐ視線。最近、すこし合わせてくれていたように思える歩幅がまた合わない。それに見慣れぬ大荷物。なに抱えてんだろ、これ。一歩前を歩く賢二くんの持つ袋を覗いてみようと、背伸びしながら追いかけてみる。すると、それに気付いた賢二くんが、袋をわたしの目線よりも高いところにひょいっと持ち上げた。

「なんで!」
「のぞくな」
「人を変態みたいに言わないでくれるかな」

公園に入って、自販機が傍にあるベンチを見つけた。「飲みモン買ってくる」と言われ、ベンチに座って待つことにした。その間もあの袋は賢二くんが抱えたまま。なにをそんなに警戒してるんだろう。自販機の前でも、あーでもないこーでもないと何やら百面相している。飲み物が決まんないのかな。「おーい、」と声をかけてみると我に返ったようにコーヒーとココアの缶をひとつずつ賢二くんは買っていた。

「ほれ、ココア」
「ありがとう」

ご厚意に甘えて、ってことで温かいココアを有難くいただく。隣りではほんの少し離れたところに座った賢二くんがコーヒーを飲みながら、どこか宙を眺めている。

「ねえ、賢二くん。別に奪ったりなんかしないからそんなに警戒しないでよ」
「べつにしてねーよ」
「それなら反対側で匿ってるみたいな腕をゆるめようか」

そんな態度をとられちゃったら、わたしががめつい人間だと言われてるみたいだ。見慣れないプレゼントらしき袋を持ってるからと言って、べつに賢二くんがわたしにそれを渡すために呼び出したわけじゃないとは思う。……そういう可能性も無いわけじゃないけど。それなら誰に渡すんだろ。そう考えて頭に浮かぶ、賢二くんにベタベタくっついているそこらへんの女の子たちのイメージがわたしに喧嘩を売ってくる。あ、だめ。なんだかイライラしてきた。きっと、わかりやすいくらい顔に出てたんだろう。ちらりとこっちを見てきた賢二くんが目を丸くさせて驚いている

「……なに怒ってんの」
「いや、目の前に実在しないものへの苛立ちってどう消化したらいいのかわかんなくて」
「は?」
「そんなことより、どうしたの?」

目を丸くしたままの賢二くんの目をじっと見返す。さっき会ってからちゃんと目が合ったのって今が初めてな気がする。しっかり合わさった視線に、賢二くんが少し動揺したのがわかった。わたしが変な顔してなかったら今日はずっとこっちを見てくれなかったかもしれない。いいんだか悪いんだか微妙だなあ。

「……お前さ、まだあのクマ持ってんの?」
「クマ?」
「ぬいぐるみ。小さい頃に持ってたヤツ」
「どれだろ。テディベアは結構持ってたけど」
「耳に小さい石が飾ってあるやつ」
「あ!いるよ。ベッドの端に座ってる」

小さい頃にクマ。思い返しても、クマの人形はうちにいっぱいいたからどれのことか分からなかった。いつも何かしらの人形は抱っこしてた気もするけど、必ずこれ!と言ったのはなかったと思う。

「それがどうしたの」
「……」
「おーい賢二くーん」
「……やる」
「えっ」

ぐいっと押し付けられたのはさっきのあの袋。思わず袋と賢二くんを見比べていた。だって、さっきまで覗くなとか言ってたのそっちじゃないの。

「わたし今月お誕生日じゃないよ」
「知ってる」
「バレンタインも賢二くんにはあげてないよ」
「……そうだな」

ぶっきらぼうに淡々と答える賢二くんは、目だけそっぽ向いてる。受け取ったまま抱きしめた大きな袋はガサガサと乾いた音を立てている。なんで急にプレゼントなんてくれるのって言ったら答えてくれるのかな。ねえ、と声をかけてみようとしたその時。ぼそぼそと賢二くんが何か呟いた。

「……だよ」
「なんて?」
「だから、」

「それ見たらお前思い出したからだよ!」

何度も言わせんなとでも言うように苦い顔をした賢二くんは足も腕も組みながら言い捨てた。相変わらず視線の合わない賢二くんの顔はそっぽ向いているけれど、耳がちょっと赤い。わたしを思い出すって何なんだよそれ。そんなこと言われたら嬉しくって恥ずかしくなってくる。

「ありがと」
「……ん。」

袋を開けて、中の包装紙をべりべり剥がして現れたのはフワフワした毛に包まれた可愛らしいクマのぬいぐるみ。大きな袋だなとは思ってたけどまさかクマだったとは。わたしの上半身くらいあるクマは首に大きなリボンが巻かれていた。その真ん中に付いている石は小さい頃に祖母から贈られた自分の誕生石と同じ色をしてる。ああ、そっか。だから小さい頃のクマの話なんてしてきたんだね。

「かわいいクマさんありがとう賢二くん」
「ああ」
「あとね、覚えててくれてうれしかったよ」

ありがとう。何度目かのありがとうは、賢二くんの耳をもう少し赤く染めていく。「べつに、たまたま思い出しただけだし」うん。たまたまでも嬉しいよ。ふかふかのぬいぐるみを思いっきりぎゅうっと抱きしめてみたら、ほんのちょっとだけ賢二くんがこっちを見た。その目がやたらと優しく見えちゃって、ぬいぐるみ以上のプレゼントをもらったような気分になる。ああ、なんだかくすぐったいなあ。ねえクマさん。
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