1周年リク
迷子の迷子の子猫ちゃん
※カナ変換推奨。4年生の時のお話。


「なあに、この夏全然遊んでくれなかったのはその子のせいなの?!」
「悪い子みたいに言わないでよダフネ!」
「この子に何を言ったっても聞かないわよ、紗希乃はかわいいかわいいちびちゃんに心酔してるんだから。」

狭いコンパートメントの中でミイミイと可愛らしい声を上げる子猫を指さしてダフネは息を荒くしてる。指をささないでって言ってるのに。わたしの膝の上でネズミのぬいぐるみと格闘しているロティーを横目にパンジーまでぷりぷりしている。

「ちびちゃんって言うほど小さくないじゃない。」
「猫の成長は早いのよ。どっかの誰かさんと違ってね。」
「ねえ、怒らせたのなら謝るけどそれって誰のこと言ってるのパンジー。」

確かにこの休みは遊びに誘われてもロティーを構ってばかりで外に出かけることは少なかった。だって、ホグワーツへ連れて行ってはいけないと母に言われていたんだもん。せっかくわたしの元へ来てくれたのにたかだか数か月で離れ離れになってしまうなんて寂しいじゃない。会えるうちに目いっぱい遊んでやろうと思って、この夏はずっとロティーを連れ回して遊んでた。けれど、両親の見立てよりもロティーがとてもお利口だったおかげでこうして一緒に特急に乗れている。さすがわたしの妹分ね。

「どうやって飼うの?城内に離すつもりじゃないでしょうね?」
「まさか!そんなことしないわ。ちゃんとスリザリンの寮から出ないようにしておくつもり。」
「どうやって?ミリセントの猫は臆病だから寮から出ないけど、この子見た感じとっても好奇心が旺盛よ。」
「うーん。賢い子だから、わかってくれると思うけど…。」

ねえ、いなくなっちゃったりしないよね?と膝の上で遊ぶロティーの背を撫ぜた。そんなわたしの心配をよそにロティーはねずみのぬいぐるみを甘噛みしている。糸がゆるんで、首がぐらぐら言うそれに杖をかざして、レパロ、と唱えるとしゅるしゅると戻って正しい位置に戻っていく。ロティーは一瞬固まって、驚いたようだったけど、それからまたぱっくりねずみの首元を咥えて立ち上がった。

「あ、ねえ。お腹空かない?車内販売が奥のコンパートメントに行っちゃう前に買いに行きましょ。」
「わたし、ロティーを見てるから二人でいってらっしゃいな。」
「あら。紗希乃が買い忘れた教科書を代わりに買っておいたの忘れちゃったかしら。代わりにお菓子をおごってくれる約束だったと思うけど?」
「……忘れてないけど!」
「そこにあるカゴは何のために持ってきてるの?さっさと済ましちゃいなさいよ。じゃないとパンジーったらしつこいんだからクヌート単位で請求してくるわよ。」

はやくしなさいと急かす友人ふたりに根負けして、しぶしぶ足元に置いてある籠を持ち上げて座席の上に移動させた。あんまりこういう狭い所に閉じ込めておきたくないんだけどなあ。ねずみのぬいぐるみと一緒に籠の中へロティーをゆっくり入れる。閉じ込められたのが嫌だったのか、ロティーが柵の根っこをかりかりとひっかいている。ごめんね、すぐに戻ってくるよ。

*

車内販売のカートの周りには定番のゴイルとクラッブもいて、これからマルフォイと一緒にポッターたちの所へいくのだとにやついていた。何もこんな狭い車両の中で喧嘩を売らなくともいいのに。次々とお菓子を手に取るパンジーを横目にそう思った。食べたかったものが手に入ったことが嬉しかったのか、さっきまでわたしを急かして苛立っていた二人はてのひらを返したかのようににこやかに笑っている。ゴイルとクラッブがいたって食い尽くすことなんてないんだから急ぐ必要なんてこれっぽっちもなかったでしょ。そう思ったら、今度はこっちがイライラしてくる。ああ、早くロティーに会いたい。

「食べる前にローブに着替えなくちゃね。」
「それ、学校に着く前に全部食べるの?太っちゃうよ。」
「そんなわけないじゃない。一週間分の息抜きよ。」
「とげとげしちゃって、まあ。猫みたく気分屋さんになっちゃったのかしら。」
「そうかもね。」

ダフネが私たちの使うコンパートメントの扉に手を掛けた時、何かが足元を通り抜けて行った。

「きゃあっ!」

驚いて一歩退いたダフネにぶつかったパンジーが両手に抱えたお菓子を床にばらまいた。

「なに?!」
「わ、大丈夫?」
「大丈夫じゃないわ…見てよこれ。キャンディが粉々!」
「口にいれたら味は同じだけどね。」
「見た目も味に関係するでしょ!」
「はいはい。」

まるでゴイルだなんて思ったことは秘密。マルフォイがここにいたら口に出しちゃっているかもしれない。けれど、そんなことをパンジーに言おうものなら新学期早々決闘をしなくちゃいけなくなる。流石にそれは嫌だわ。互いに気が短いのは承知の上だし、火が付いて止まらない時以外はなんとかそれぞれ抑えて喧嘩が発展しないようにしている。

「……あ。」
「どうしたの、早く入りましょうよダフネ。」
「そうよ、時間がもったいない。」
「嘘だわ、これって、だってちゃんと籠に…。」
「籠?」
「ねえ、ダフネ。まさか、」

コンパートメントのドアを開いたまま入らないダフネを少し押しのけて、中を覗きこむ。すると、小さな部屋の床の上には扉が壊れて外れた籠が転がっていた。

「ロティーがいなくなっちゃった!」

なんてこと!だって、ちゃんと籠の中に入れたのに。でもどうしてその籠が床に転がっているの。籠を持ち上げてみると、車両の床に結構なへこみがある。もしかしたら、籠を座席の上に置いてしまったから、ロティーが中で動き回って籠が動いて落っこちてしまったのかもしれない。

「さっきドアを開けた時に出て行っちゃったんだわ!」
「どうしよう、探さなきゃ。いくら好奇心旺盛な子だって言ってもまだ子供なのよ。」
「わかってる。すぐに探しに行きましょ、確かあっちの方へ行ったわ。」
「違うわよ、反対の方へ行ったように見えたわ。」
「どっちかなんて今はわからないじゃない!」

パンジーは先頭車両の方を、ダフネは後部車両の方だという。そんなこと言ってる場合じゃない!目頭がじんわり熱くなってくる。二人はあたふたして顔を見合わせた。

「わかったわ、わたしは先頭の方へ見に行ってくる。廊下にいるといいけど。」
「そうね。じゃあ、わたしは後部車両に行くわ。紗希乃はこの辺りのコンパートメントを回って。」
「ありがとう二人とも…。」

二人が走っていくのを見つつ、わたしもまわりの生徒に黒猫を見なかったかどうか聞き込みを始めた。色んな生徒に聞いてみても黒猫を見たという人はなかなか見つからなくて、やっと見つけたかと思えばロティーよりも随分大人な黒猫だった。ロティーは真っ黒な子じゃない。手足の先は真っ白でまるで靴下を履いてるように見えるんだから。でっぷり太った黒猫を連れてこられて苦笑いしながらそんなことを思った。改めて特徴を伝えてもやっぱり真っ白靴下の黒猫なんか見当たらなかった。何度か、ダフネやパンジーと合流したけど、やっぱり見つからない。この特急のどこに隠れてるというんだろう。まさか、最後の車両から振り落とされたり……嫌な考えが頭をよぎる。わたしの表情が冴えないことに焦ったのか、パンジーがいつになく慰めてくれた。でも、慰められれば慰められるほど自分の管理の甘さに嫌気がさして目元が潤んでくる。

「もう一度行って来ましょ、ダフネ。もしかしたら下級生たちがどこかでロティーを連れ回しているかもしれないし。」
「そ、そうね。紗希乃、もうコンパートメントで休んでなさいよ。わたしたちがちゃんと見つけるから平気よ。」

二人はそう言い残して下級生が多く乗っている車両の方へ走っていった。休めって言われるくらいにはわたしの顔はとても酷いことになっているんだろう。ぽろぽろ零れてくる涙と、ロティーに何かあったらどうしようと不安ばかりが押し寄せて、顔も頭もぐちゃぐちゃだった。

「……ねえ、きみ大丈夫?」
「っ…だいじょうぶ、だからこっち見ないで。」

話しかけられて、目をこする手の隙間から覗き見えた人物はあんまり中のよろしくないグリフィンドール寮の生徒だった。それも、出来が良くないとよくスリザリン生がからかっているロングボトムだった。

「何でもないのにそんなに泣かないよ。きみ、僕が課題できなかった時くらい泣いてる!」
「あなたはそんなの日常茶飯事じゃない。わたしはそうじゃないもん。」
「やっぱり?いっつも澄ました顔してるのに僕みたいな顔してるから……。」
「どっかいってロングボトム。あなたに話すことなんてないの。」
「猫を探してるんだろ?僕も手伝うよ。」
「手伝うって、何ができるの?」
「ンー…、聞き込みとか?」
「……わたし一人でやるわ。」
「グリフィンドール生の中に一人で行けるの?」
「…………行くもん。」
「ぼっ、僕、きみにお礼がしたいんだ!」
「お礼?」
「去年の暮れ、僕がマルフォイに悪戯された魔法薬学のレポート、提出しといてくれたのきみでしょ?」
「べつに、貴方のだと思って出したわけじゃないわ。」
「評価は散々だったけど、未提出でスネイプに怒られるとこだったんだ。何せ、マルフォイにとられるの3回目だったから……。」

廊下で偶然見つけたロングボトムのレポートは、くったくたに草臥れていて、たぶんマルフォイが手を出したんだろうと思ってマルフォイに返そうとした。けれど、拾った先が我が寮監のスネイプ先生の部屋の近くで、無いとは思うけどわたしが犯人だと思われたら困る。そう思って届けただけだった。それを先生から聞いたのかもしれない、ロングボトムはやたらと張り切って、僕も聞き込みをするよ!と息巻いている。本当は、グリフィンドールの生徒に借りを作りたくなんてないけれど、ロティーの事を考えるとそうも言っていられなかった。おどおどとこちらの様子を伺いながらもグリフィンドールの生徒に声をかけているロングボトムには少し助かった。グリフィンドールはスリザリンの生徒を丸ごとひっくるめて嫌っているし、逆も然り。別に、呪いをかけてやるほど嫌いじゃないけどわたしもそこまで向こうのことをよく思ってない。だから、コンパートメントに入るのも気が引ける箇所があるのは間違いなかった。

「あ。ハリーたちのコンパートメントに行こうよ。あそこだったらハーマイオニーもいる!ハーマイオニーは僕のトレバーを一緒に探してくれたこともあるんだ。だから、きみの猫のことも助けてくれるかもしれない。」

本来なら一番近づきたくない人たちだけど、そうも言っていられない。ロングボトムに言われるままグリフィンドール生が行きかうコンパートメントに近づいていく。泣き腫らした目でロングボトムの後ろをついてくのは相当目立つ。通りすがりの生徒はみんなじろじろとわたしの方を見ていた。だから、すこしだけ距離を置いて遠くから見ることにした。すると、ロングボトムが向かったコンパートメントの入り口には見知った姿を3つ見つけた。

「なんだ、ロングボトムじゃないか。お前はどんなドレスローブを用意したんだ?まあ…ウィーズリーのより酷いなんてことはないだろうけどね。」
「ま、マルフォイには用はない!」
「いいぞ、言ってやれよネビル!このくそ野郎にたまには一泡吹かせてやれよ!」
「挑発に乗ることないわ、ネビル!」

聞き込みに行くと意気込んでいたのに、あっさりとマルフォイの挑発に乗せられてしまった。いっそのこと、このまま割り込んでマルフォイに手伝ってもらった方がいいのかもしれない。きっと、彼なら…ちょっとは面倒臭がるかもしれないけど、同じ寮生には基本的には優しい。だから、きっと手伝ってくれる。離れていたところからゆっくりと様子を伺いながら、彼らのいるコンパートメントに近づいていく。ゴイルとクラッブはコンパートメントの入り口からはみ出ているけれど、わたしには気付いていないようだった。

「そ、そうだ!僕は大事な用があってここへ来たんだ。マルフォイなんかに構ってる場合じゃないんだ。」
「へえ。大事ってことはなんだ?僕のレポートを見てくれってグレンジャーに媚びに来たのか?」
「ちがう!猫を探してるんだよ!」
「猫?ネビル、きみは猫なんて飼ってたかい?ヒキガエルの見間違いじゃ?」
「そうじゃないんだハリー。えっと…、飼猫が逃げてしまった子がいて、僕も探すのを手伝ってるんだ。黒くて、手足が真っ白な猫らしいんだけど、見てない?」
「猫なんてクルックシャンクスしか見てないよ僕ら。」
「このコンパートメントからも出てないしね。」
「一体誰の猫なの?1年生?」
「いや、飼い主は…」
「フン。全く、ロングボトムと同じじゃないか。」

飼い主はわたし。そう言ってやろうと思ったのに、ロングボトムの後姿越しに見えたのは、人をとても馬鹿にしたような表情のマルフォイだった。その顔を見て思わず立ち止まる。

「満足に世話もできないくせにわざわざ学校へ連れてくるヤツの気がしれないな。大馬鹿者だ。まるでいつぞやのきみみたいじゃないかロングボトム。新入生ならまだしも、上の学年にもなってそんなこともわからないなんて、生き物を飼う資格なんてないだろう。」

図星だった。ひゅっと息を飲んでしまい、ロングボトムを見下していたマルフォイの視線がこちらを向いて驚いたものに変わった。目の周りが、顔があつい。

「ごめんなさいありがとう。自分で何とかできるわ。」

驚いた顔のマルフォイの視線を辿って振り向こうとしたロングボトムの肩を押して、顔を見せないように俯きながら早口でまくしたてる。

「おい、もしかして、」

マルフォイの声が大きくなるけど、聞こえない。聞きたくない。両耳を掌で塞ぎながら自分のコンパートメントへ思いっきり走った。わたしは、彼なら無条件で助けてくれるって思いこんでた。ポッターたちを相手にいつまでも馬鹿なことをしかけるけど、元は馬鹿じゃない。あれは正論。わたしがロティーを飼うに値しない人間だったってだけ。彼は酷いことは何も言ってないもの。本当のことをちゃんと言っただけ。ロティーが見つからない悲しさと、マルフォイに嫌われたことが悲しくて、涙が次々と溢れてくる。ずうっと泣いていたのに、さらに勢いよく流れる涙に着ていたブラウスはびしょ濡れになった。

「紗希乃!もう…泣かないで。大丈夫よ、好奇心旺盛なあの子のことだもの、もしかしたらかくれんぼしてるつもりで今も列車のどこかにいるわ。」
「そっちの方はなにか情報はなかったの?……泣いてちゃ、わからないわ。とにかくローブに着替えましょう。もうすぐホグワーツに着いちゃう。」

泣き通しているわたしは、まるで幼子のように扱われ、ローブを無理やり着せられた。走って乱れた髪は梳かされて、大人しくなる。それからも涙はとまらなくて、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったハンカチを見かねたダフネが魔法でハンカチを綺麗にしてくれた。

「ぐすっ…、ありがど…。」
「いーえっ。そんなんじゃ、広間には行けないわね。最後に降りて、寮にまっすぐ行きましょ。列車も最後に降りたらロティーが見つかるかもしれないし。」
「うん…。」
「もう、しゃきっとしなきゃ。新学期よ!」
「っ……ざいあぐな新学期だ……。」
「感想どうもありがとう。説得力ばっちりよ。」


*

寮の部屋に行くと、わたしたちはそれぞれのベッドにもぐりこんだ。部屋の他の子たちが戻ってくるまでにはだいぶ時間があったけど、ベッドの中でぐすぐすやっていると案外時間は早く過ぎて行ったようだった。ひとつ年上の監督生が部屋を訪ねて来て、どうして宴会に来なかったのかと尋ねられた。「ええと、紗希乃の具合がよくなくて、わたしたち心配で。」「常備薬があったのでそれを飲ませて休ませてました。」まるで打ち合わせをしたかのような二人の言い訳とわたしの酷い顔は監督生をだますのには十分だったみたい。スネイプ先生に報告されるというのが気がかりだけれど仕方ない。特に何も言われないはずだけど。

みんなが本当に寝静まった頃。泣きすぎて頭は痛いし、体も気怠い。目が覚めたわたしは、のっそりとベッドから抜け出した。洗面所で顔でも洗うことにしよう。洗面所へ向かう途中で、夜中だというのに談話室の方からぼんやりと柔らかい明かりが漏れていることに気付く。誰かいるのだろうか。静かに談話室の入り口から顔を覗かせてみる。そこからは、ソファに座ったマルフォイの綺麗なブロンドの髪が明かりに照らされて鈍く光っているのがよく見えた。

「吉川?」
「あ、えっと…ごめんなさい。」
「待て。」

反射的に謝って踵を返してしまう。走ろうとしたその時、にゃあ。と聞きなれた声が後ろからした。タタタ…軽い足音が聞こえて、振り返ると、真っ黒で白い靴下をはいたような猫がわたしの方へ走ってくる。

「ロティー!」
「やっぱり君の猫だったのか。」

なんで、どうして。口からこぼれる言葉はぽろりぽろりと単語ばかり。安心して、床に座り込んでしまった。わたしの方へ寄って来て身体を摺り寄せてくるロティーを抱き上げると、ぺろぺろとわたしの顔を舐めてくる。くすぐったいのと、安心したのとでまた涙が目尻に浮かぶ。わたし、今日だけでどのくらい泣いたんだろう。

「列車の中にいたんだ。車内販売のカートが遊び場だったみたいでね。他寮の監督生が見つけたから預かっておいた。」
「ぐすっ、…ありがとう。」
「いや……。」

ソファの傍に立っていたマルフォイは頭の後ろをかいて、ばつが悪そうに視線を彷徨わせた。

「さっきは悪かった。きみに酷いことを言った。」
「…あれは、正論だったもの。あなたは悪くないわ。」
「ロングボトムみたいだって言ったのに?」
「それは…まあ、嫌だけど…。」
「そうだろ。それに偉そうなことを言ったが、きみが猫を飼い始めたことは知らなかったし、何よりそんな子猫だとは思わなかったんだ。」
「わたしの管理が甘かったの。それと、この子が好意心旺盛で、案外図太いってことを忘れちゃうくらいには取り乱していたのがいけなかったわ。」
「まあ…、見つかって何より。ただ、あんまり甘やかしすぎるとグリフィンドールの奴らみたいに傲慢になってくかもしれないぞ。」
「それは困るわね…。」

わたしの顔をぺろぺろ舐めていたロティーを抱き上げ直して、目線を同じくらいに持ち上げる。みゃあ、と鳴いて鼻をひくひくさせる彼女はやっぱりマイペースな様子だった。

「もう、今度いなくなったら怒るからね!」

顔を近づけて睨みつけるように訴えるも、鼻の頭を舐めあげられて、ただくすぐったくなるだけだった。もう、反省してるの?訊ねてみても言葉が話せるわけでもないわたしの妹分はもぞもぞと身をよじる。床に降ろしてやると、軽い足取りでマルフォイの足元にすり寄って行った。マルフォイはしゃがんで片膝をついて、ロティーの喉元をわさわさと撫でている。

「お前は物好きだな。僕に近づいてくる動物なんてそうそういないのに。」
「去年はヒッポグリフに大けがさせられたものね。」
「あれは酷かったね。僕はああいう類の生き物とは相性が良くないんだ。」
「この子とはそうでもないようだけど。」
「さあ、どうだろう。子猫の気まぐれかもしれない。次に会ったら睨みつけられるかもしれないぞ。」

そろそろ立ち上がらなくちゃ、そう思って足に力をいれたはずだったのに、へたりこんでしまった足腰は思ったように動いてくれなかった。

「なんだ。これくらいで腰でもぬかすなんて。」
「安心したら気が抜けちゃったの。」

ロティーを撫でていたマルフォイが、わたしに近づいて手を差し伸べた。急に差し出されたそれに戸惑っていると、彼は不思議そうに首を傾げた。

「え。」
「いつまでもそうして床と仲良くしてるつもりか?」

それから急かすように差し出した掌をくいくいっと動かした。それにあわてて右の掌を乗せると思いっきり引き上げられる。すこしだけよろけたけど、なんとか踏みとどまって立ち止まった。

「歩けそうか?」
「た、たぶん。」

女子寮までは流石に送れないからな。そう言って、床でころころ転がるロティーを拾い上げてわたしの腕に抱きかかえさせてくれる。彼の手にじゃれついて離さないロティーに、こら、と叱るような素振りをすると、しがみついていた足を離してぺろぺろ舐めるだけになった。

「ありがとう、マルフォイ。」
「僕は別に何もしてないね。ただ、その猫が離れてくれなかっただけだし。」
「あはは、うん。」
「こっちが困るくらい好奇心は旺盛だけど、君のしつけができてないわけでもなさそうだ。やっぱり僕の言ったことは間違いだったらしい。」
「大馬鹿者から馬鹿者くらいに昇格したかしら。」
「……あれはロングボトムのことだって。」

またばつが悪そうに顔をしかめるマルフォイは、後味が悪そうにもごもごと何かを言い続けていた。それから溜息をつくと、わたしの腕の中のロティーを見た。

「この子がまたどこかへ冒険しに言ってしまったら僕に言ってくれて構わない。」
「なるほど罪滅ぼしってこと。」
「……そういうことだ。だから、そう恨みがましく見ないでくれよ。」

恨みがましく見ていたつもりなんてないのだけど、わたしの腫れた両瞼は、普段とは違う印象を与えているみたい。別に、恨んでなんかいないよ。そう言っても、目の前の彼は納得してくれなかった。わたしに抱きかかえられたままゴロゴロ喉を鳴らしている愛猫は、呑気に微睡みかけている。もう、お前のせいでこんなことになったのよ、どうしてくれるの。ちっちゃく声を掛けてみても、みゃう、と何の返事かわからない鳴き声が返ってくるだけだった。



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