1周年リク
ベビーパウダーと未来革命
※ヒロイン高1、伊代ちゃん中3の夏の夜のおはなし



「こんばんは!」
「あら伊代ちゃんこんばんは。紗希乃なら部屋にいるから上がっちゃって〜」
「お邪魔します〜」
「ゆっくりしていってね」
「はい!お世話になりますおば様!」

にこやかにお出迎えしてくださったおば様にお礼を言って、パタパタとスリッパを鳴らして廊下を走る。お姉さまのお家にはよく遊びに来るけど、夜に来るのはあんまりない。わくわくしちゃって、脱げそうになるスリッパも気にせずに全力疾走。そうしたら、いつもの習慣を忘れちゃった。階段を登る前に数歩だけ後ろにもどって、廊下に飾ってある彫刻の小鳥さんにご挨拶。小さい頃からの習慣でお姉さまのお家に来たら小鳥さんに挨拶するの。なんでもこの小鳥さんは、幼い頃のお姉さまのお気に入りの絵本に出てくる小鳥をイメージして作られたらしい。お姉さまのお気に入りのこの子に、今日もお邪魔しますね、とこっそり囁く。ちゃんと挨拶できたし、後はお姉さまの部屋へ行くだけ!

「お・ね・え・さ・まっ!」

声に合わせて、5回ドアをノックする。返事がない。お姉さまどうしたのかしら。返事はないけれど勝手にドアを開けて部屋へ入っちゃおう。そうっとドアノブを回して部屋を覗き込んで見る。部屋の中には、左手に本を握りしめながらテーブルに突っ伏しているお姉さまの姿があった。もう、お姉さまったら伊代のこと待ちきれずに寝ちゃうなんて!

「起きて、お姉さま。伊代が来ましたよ!寝るには早いですっまだ21時なのにっ」

開きかけの本にしっかり栞をはさんでから、お姉さまの方をゆさゆさ揺らす。小っちゃい子みたいな声を溢すお姉さまも可愛いけれど、やっぱり構ってくれなくちゃつまんない。それに今日は大事なお話があってわざわざお泊りまでお願いしたのに、お姉さまが寝てちゃ何にも意味がない。

「お姉さま起きて起きて!」
「んぅ、いよ、ちゃん…?」
「そーですよ、伊代ですっ」

寝ぼけ眼でぼうっとしているお姉さまの顔にずいっと詰め寄った。やっと覚醒したのか、ぺちん、とお姉さまの掌が伊代の顔に当てられて顔から背けさせられた。もう、「近すぎ」じゃないですよお姉さまったら。

「伊代ちゃん、お風呂は〜?」
「入ってきました!」
「だよね。包帯巻いてないからそうだと思ったよ」

ふああ。と欠伸をしているお姉さまは、立ち上がってひと伸びした。それから、のそのそと鏡台の方へ向かった。そんなお腹をぽりぽり掻くのみっともないですよ。お姉さまのその様子を見ていたら、手首や膝の裏がムズムズしてきた。まずい、さっきまで気付きもしなかったのに思い出したらかゆい。

「これ付ける?伊代ちゃん、いつも包帯とか眼帯してるから汗で蒸れてかゆいでしょ?」
「これってなんですか?」
「ふつうのベビーパウダーだけど、ちょっとだけラメとか入ってるの。うちの会社の新作だって」

かわいいでしょ、とふんわりピンクのコンパクトをお姉さまが差し出して来た。お姉さまのお家でやってる会社は色んなお仕事をしてるから、化粧品だとかサプリメントも出してるの。だからこうして時々、新しい商品をお姉さまは持っていて伊代にもプレゼントしてくれる。

「今はわたしの使ってみて。それで、肌に合うようだったら新品の持って帰っていいよ」

今は何もつけていない、手首にぱふぱふとお姉さまがパウダーをはたいてくれた。本当だ、きらきらしててかわいい。

「お姉さま、すごいきらきらしてる!」
「うん。これで包帯巻いててもこの夏を乗り切れるね。去年の伊代ちゃん、とってもかゆそうで見てて辛かったんだもん」
「まさか伊代のためにこれを?」
「んーん。おばあちゃんが新作持ってけーって言うから貰っただけだよ」
「ふうん、そっか。ありがとうお姉さま。おばあ様にも伊代からのお礼伝えてくれる?」
「今度伝えとくね」

たぶん、新作を持っていけと言われたのは本当だと思う。だけど、わざわざこれを選んでくれたのはきっと伊代のためだ。そう思ったら嬉しくて口元がゆるゆるしてくる。お姉さまは、伊代がパウダーを気にいったんだと思ったみたいで「無くなったら言ってね」と言った。いつもは包帯に隠れている、あせもでざらついた手首はきらきら光ってる。何だか嬉しくて、お姉さまにぎゅうっと抱き着いた。

「あのね、お姉さまにお話があるんです」
「聞くよ聞くよ〜。その前に写真撮っていい?」
「写真?」
「貴重な伊代ちゃんの寝間着姿が欲しいと、ある筋から頼まれてるんだ」
「え?それってやばいやつじゃあ…」
「ちがうちがう。伊代ちゃんのファンだから!」

うまいことを言うお姉さまに乗せられて、ベッドの上でポーズをとったり跳ねてみたりして何枚も写真を撮った。こんなことならもっとふわふわ可愛いパジャマを持って来るんだった。Tシャツに短パン姿の伊代なんて普段の伊代と比べたら驚かれちゃうかも。

「ちがいますっ!伊代はお話をしに来たの!」
「ごめんごめん。で?何の話?」

お姉さまのベッドの上に倒れ込むようにして、クッションに顔を埋めた。ベッドの下から携帯で伊代の写メを撮っていたお姉さまは、ゆっくりとベッドに上って伊代のとなりに寝転んだ。携帯をぽいっとベッドの隅に投げる。

「なあに、そんなにかしこまっちゃって何か悩み事?」

お姉さまは なーに?と聞きながら、じりじりと伊代の方へ寄って来た。クーラーがうっすら効いていて涼しい部屋だけど、お姉さまが近づいてくるからほっこり温かい。顔を埋めていたクッションを胸に抱きかかえて、うつ伏せから横になってお姉さまの方へ向き直った。お姉さまは体を伏せたまま、顔だけ伊代の方を見てくる。

「あのね、お姉さま」
「うん、なあに伊代ちゃん」
「もし、もしもですけど…」
「うん」
「もしも伊代が、その…あんまり幽霊とか見えな、あっ、そうじゃないんですよ?見えるんです!見えるんですけど!」
「う、うん…?」
「見えるんですけど、でもなんていうか、」
「もしかして伊代ちゃん、設定が無くなった…んじゃなくて、幽霊があんまり見えなくなっちゃったの?」
「!そう!そうなんですお姉さま!」
「おお、あたりか…。そっか、大人になったんだね伊代ちゃん…!」
「そうなんです、大人になると見えなくなるものがあるってテレビでも言ってましたし、だから伊代もそういうのが見えなくなって、」
「うんうん」
「もうあんまり、包帯とか眼帯とかいいかなあって」
「うんうん!」
「でもお姉さまは、幽霊とか見えなくなった伊代のこと嫌いになっちゃう?」
「んん?なんで?」
「だって、とっても応援してくれてたし…」
「いや別にそういうわけでは」
「えっ」
「わたしはいつだって伊代ちゃんの味方だよ!だから、幽霊見えなくなった伊代ちゃんの味方もするんだよ」
「お姉さまっ…!」

ちょこっとしかない伊代とお姉さまの隙間を転がるようにしてお姉さまへしがみつく。ぐえって声がした。でも、お姉さまは苦笑いしながら伊代の頭をゆーっくり撫でてくれた。

「お疲れさま、伊代ちゃん」

伊代はべつに見栄を張って霊感があるキャラをしてたわけじゃないし、何か気付いたら前世の記憶が蘇ってきただけだし、正体不明の何かと日々戦わなくちゃいけなくなっただけだけれど、やっぱりちょっと疲れちゃってたのかも。お兄ちゃんに馬鹿だと思われてることにも気付いてたけど、なかなかやめれなかった。だって、学校のみんなは伊代が幽霊見れるとか、前世の名前は魅朱蘭だったって知ってるし、包帯と眼帯を常備してることを知ってる。きっと急に眼帯を取ったら怯えられちゃうし、そこに幽霊がいるよっ!って教えてあげなきゃ、みんなが可哀想になっちゃう。伊代はずーっとずっと包帯の下のあせもたちと一緒に生きてかなくちゃいけないのね。ああ、なんて伊代は業が深い女なんだろうか。

「お姉さま、伊代はこれからどうしたらいいんでしょうか…眼帯とか包帯を一気に取ってしまったらみんな驚いちゃう」
「まあ、驚くだろうけど安心すると思うよ」
「安心?やっぱり怪我をしてるのって心配かけちゃいますものね」
「そういう意味じゃないけどね」

安心すると言われても、ここ数年はずーっと包帯を巻いて学校に行っているから中等部からの友達はみんな今の伊代が本当の伊代だと思ってるはず。ということは逆に心配されちゃったりするのかしら。そう考えたらやっぱり眼帯も包帯も外せない…。いや、でもお兄ちゃんに馬鹿だと思われ続けるのも…!

「あ、そうだ。」

何かを閃いたらしいお姉さまは人差し指を立てて、にっこり笑った。

「松陽おいでよ!」
「え?お姉さまの高校に?」
「そうだよ。音女に上がっちゃったら、伊代ちゃんの中二病、じゃなくて霊感のこととか知ってる子ばっかりだし」
「お姉さま伊代のこと中二病だと思ってたんですか」
「いやいや、言い間違いだよ」
「本当に…?」
「うん!それでね、うちの学校に来るときに包帯も眼帯もとっちゃおうよ。高校デビューってやつね。」
「お姉さまの学校なら包帯と眼帯をつけなくても伊代は大丈夫でしょうか…?」
「大丈夫だよ。むしろつけない方がどこでもうまくやれるよ」
「わかりました!伊代、進路調査票に松陽って書きます!これから受験勉強もちゃんとします!」
「おばさんたちの説得はうまくいけそう?」
「うーん、たぶん大丈夫です!」

きっとお兄ちゃんが医者になってしまえば山口家は平気だし、いずれは素敵な方の元へお嫁にいくつもりだから、伊代が松陽に行きたいと言ったってその通りにさせてくれるはず!お姉さまがいるって言えば問題ない!皆を驚かせるのは本意じゃないから、この夏はお姉さまにもらったパウダーで かゆいあせもも乗り切ろう。だからしばらく包帯も眼帯もつけたまま。そうだなあ、前世の記憶と霊感はこっそりゆっくりしまっちゃおう。あと半年、目に見えない何かと戦っておけば伊代はお姉さまの学校で素敵な人と出会えるかもしれない。それに大好きなお姉さまと、また一緒にいれるなんて楽しみ!

「伊代ちゃん、さすがに暑いから離れようか」
「いやですお姉さま、伊代さびしくなっちゃう」

すこし嫌そうに言いながらもお姉さまは絶対に振り払ったりしないの。わかって続ける伊代は嫌な子かもしれないけど、お姉さまが本当に伊代のこと嫌いになっちゃうまでは甘えられるだけ甘えておこう。いつもありがとうお姉さま、高校でもよろしくしてね。



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あとがき
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